第05話 魔法使いの未来と過去

俺たちは再び冒険部の部室に戻り、各自のレベルアップ後のステータスを確認することにした。


ジャイアントバットの大群を仕留めたことで、思わぬ“パワーレベリング”となり、 三人と政臣はレベル1から一気にレベル8へと成長していたのだ。


レベルやステータスの情報は、すべて冒険者カードに記録される。 これは重要な機密情報であり、パーティ外の人間には滅多に見せることはない。


なお、年齢と性別に関してはカード上でも非公開という―― よくわからない精霊側の“プライバシー配慮”がなされていた。


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【入江 来奈 ★】

ランク:SSR

レベル:8

体力 :A 118

攻撃力:S 162

魔力 :C 46

耐久力:S 159

魔防 :B 86

敏捷 :S 165

幸運 :B 82


来奈は「やったあ! 三桁いってるじゃん!! 最強じゃね?」と大はしゃぎ。


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【桐生院 梨々花 ★】

ランク:SSR

レベル:8

体力 :B 88

攻撃力:D 31

魔力 :S 164

耐久力:B 85

魔防 :S 160

敏捷 :A 119

幸運 :A 115


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【黒澤 由利衣 ★】

ランク:SSR

レベル:8

体力 :A 116

攻撃力:B 86

魔力 :S 161

耐久力:B 87

魔防 :S 163

敏捷 :C 53

幸運 :S 166


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ちなみに、政臣はというと――


【高柳 政臣 ★】

ランク:N

レベル:8

体力 :D 25

攻撃力:E 3

魔力 :E 4

耐久力:D 20

魔防 :E 6

敏捷 :D 24

幸運 :E 7


ステータス評価Eは、レベルアップしても数値が上がらない。 魔法使いランクNならそれが普通。落ち込む必要などない。


しかし、政臣はまったく気にしていなかった。 自分の数値などどうでもいいらしく、三人娘のステータスを見て興奮している。

……ある意味、幸せなやつだ。


そのとき、由利衣がおずおずと口を開いた。


「あのー。コーチのステータスは?」


同じパーティだ。隠す理由はない。 俺はカードを取り出し、彼女たちに見せる。


「はあっ!?」

由利衣が、普段のおっとりした態度からは想像もできない声を上げた。


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【佐伯 修司 ★★★★★】

ランク:R

レベル:99

体力 :B 4,712

攻撃力:A 7,084

魔力 :C 2,832

耐久力:C 2,945

魔防 :D 1,519

敏捷 :B 4,890

幸運 :C 2,194

特典 :A


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ステータスの最大値は9,999。

S評価ならカンストも夢ではない。


そういう意味では、三人の最終形態は――

俺なんかより、遥かに上を行くことになるだろう。


「うわっ、なにこれ。教官、人外すぎじゃね?」

来奈が、変わらず遠慮のない言葉を吐く。


梨々花は俺のカードを凝視したまま、固まっていた。

やがて、素朴な疑問を口にする。


「先生。この“特典”って……なんですか?」


特典とは、★5・Lv99に到達した際、精霊から授かる“奇跡”だとゲンさんが言っていた。

SSRの魔眼には及ばないが――凡人の、最後の切り札。


どう説明したものか……。


「まあ、ピンチになったときに一発逆転の目がある……そんな感じかな」


梨々花が真顔で首を傾げる。

「こんな化け物ステータスがピンチになるんですか……?」


俺は苦笑するしかなかった。


***


「とにかくだ。明日から訓練ってことで。……カード貸してくれ」


そう言って、四人のカードを預かりスウッと指を滑らせた。


ダンジョン内のモンスターは、討伐時にアイテムをドロップすることがある。

ジャイアントバットは最弱部類のモンスターのため、報酬もささやかだが……

それでも二百体近く倒していたので、少しは実入りがあった。


---


魔石(極小):113個 ×10G(1,130G)

魔石(小):12個 ×100G(1,200G)

バットの翼膜:58個 ×20G(1,160G)

バットの牙:27個 ×50G(1,350G)

合計:4,840G


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Gというのはダンジョン共通通貨。

日本円に換金することもでき、現在は 1G=1円 の相場だ。


ドロップアイテムはゲンさんを通じて換金してもらい、そのGをパーティメンバーにカード経由で分配できる。


……ぶっちゃけ、全然たいした額じゃない。

だが、金額の問題ではなく「収入は山分け」。これが冒険者の鉄則だった。


---


由利衣がおずおずと手を挙げた。

「この魔石……って、ガチャ素材なんですよね?」


「そうだ。極小魔石一億個でガチャ一回。鬼レートだ。」


命がけで稼いでも、なかなか一回分に届かない。

もちろん、上位モンスターが落とす大きな魔石なら話は別だが。

各国が強力な魔法使いを囲い込もうとする理由は、まさにそこにある。


来奈が真剣な顔で計算を始めた。

「えっと……一個十円の極小魔石が、一億個でガチャ一回……って! 一回一億円!?!?」


……お前、高校生だろ。

なんでそんな簡単な掛け算を間違えるんだ。


正しくは、一回十億円。


日本の年間ガチャ予算枠は通常五十連。

つまり、五百億円。


それでもSRがひとり出ればお祭り騒ぎ。

精霊ガチャ、渋すぎだ……。


そして近年の内閣は、ことごとくガチャ運が悪かった。

SRどころか、Rすらろくに排出されない。


運気上昇を願い、国会議事堂を金色に塗り替えるなど、さまざまな“対策”を講じたが――すべて空振り。

最終的には「不運内閣」などと揶揄され、支持率も暴落。


それだけに、高柳健三郎総理の千連ガチャでSR七人抜きという快挙は、日本中を熱狂させた。

いまや“タカケン・フィーバー”真っ盛りだ。


ましてや、SSRを三人も引き当てていたなどと正式発表した日には――

どんな騒ぎになるか、想像もつかない。


しかし、もしそれが明るみに出れば、世間の反応は決まっている。

「SSR? さぞやお強いんでしょう?」

――その期待は、容赦なく重圧となって降りかかる。


とても今の状態で、デビューさせるわけにはいかなかった。


だが、コツさえ掴めば強くなれるだろう。

それで俺はお役御免。静かに日常へ戻る。


そんなことを考えていると、政臣が唐突に声を上げた。


「じゃあ、新しく佐伯さんを迎えたってことで――

自己紹介ついでに、みんなの夢、語っちゃいましょう!」


やおらカメラを構える政臣。コンテンツ作りに余念がない男だ。

俺は「お好きにどうぞ」とだけ言い、カメラに映らない位置まで下がる。


「おおっ!」と来奈が勢いよく手を挙げた。


「入江来奈! あたしはレイドバトルでガツンと決めて、世界を盛り上げたいんだよね!

目指すはトップ・オブ・ザ・ワールド! よろしく!!」


「ライナー! 銀河の果てまでぶっ飛ばしちゃってー!!」

政臣がテンション高く合いの手を入れる。


来奈は良くも悪くも分かりやすい。

この直球っぷり、嫌いじゃない。


次に梨々花が一歩前に出た。


「桐生院梨々花です。……そうね、せっかく魔法使いになれたんだもの。

この力、存分に活用したいわ。…………よろしくお願いします」


小声になった瞬間、俺の耳は「いずれ、この国を私のものに」という言葉をしっかり捉えていた。

なかなかの野心家とみえる。


「リリカ様〜! その輝きに精霊さんも二度見する〜!!」

政臣が即座に盛り上げる。


最後に由利衣。


「黒澤由利衣です。えっと、私の結界でみんなを守れたらいいなって。

あとはー……日本全体を覆えるくらいになったら、寝てるだけで国家予算が入ってくるじゃないですか。めっちゃおいしいですよね」


……壮大なのか俗っぽいのか、判断に困る。

よく分からない子だ。


「ユリィちゃーん! 守りたーい、守られたーい!」

政臣の声が響く。


……さっきからうるさいんだが。


こんな紹介動画で大丈夫なんだろうか。


まあ、各々の夢というか、野望というか……いいんじゃないの。

俺もガキの頃は「ダンジョン最深部を攻略する!」なんて言ってたからな。


俺は静かに目を閉じ、頷いた。


そして、「次はポーズの練習いこうかー!」と勢いに乗る政臣を全員でスルーし、この日の冒険部の活動を終えた。


***


俺は仕事を終え、アパートへと帰路についていた。


学食の小林さん、にこやかに山のような雑用を振ってくるからな……。

ある意味、ダンジョンよりも疲れる。

明日も早朝から、仕入れ品の運搬から掃除まで仕事が詰まっていた。


コンビニで買った弁当と缶ビールを袋に下げ、蛍光灯に照らされた外階段をカツカツと登る。

都内の築三十年、木造1DK。

男ひとりが住むには、これで十分だ。


俺の部屋の前に、男がひとり立っていた。


「……九条」


男はにこやかに笑いかけた。

ネクタイをきっちり締め、高級そうなスーツに身を包んでいる。

年の頃は三十代前半。

立ち居振る舞いはやわらかいが、目の奥は笑っていなかった。


「佐伯さんが復帰するって噂を聞きまして。懐かしくなっちゃいました」


彼は穏やかな声で言う。


「……さんざん稼いでたのに、ずいぶん慎ましい暮らしをされてるんですね」


喉が張りつくように乾く。

どうにか声を絞り出した。


「お前……今までどこに?」


九条は答えず、さらりと話を続けた。


「また人を育てるんですって? よほど見込みがあるんですね。

いやあ、日本の未来は明るいなあ。……千連で出たSRですか?」


どうやら、SSRだということまでは知られていないらしい。


「なあ、俺はだな――」


そう言いかけた瞬間、袋の中で缶ビールが弾けた。

派手な音とともに、冷たい液体がスーツと床を濡らす。


「いいんですよ、佐伯さん」

九条は感情の読めない目で、ゆるやかに微笑んだ。


「むしろ嬉しいくらいです。

引退した魔法使いなんて、僕の中ではもう価値を失っていたんです。

それがまた輝きだすなんて。しかも――新しい教え子まで連れて」


その言葉に、思わず拳に力が入る。

数歩、前に出て距離を詰めた。


「おい……関係ない人間に手を出すんじゃねえよ」


「怖いなぁ。あの頃の佐伯さんだ」

九条は楽しそうに笑い、靴音を響かせて歩き出す。


身構える俺の脇をすり抜け、すれ違いざまに低く囁いた。


「心配しなくても、今すぐどうこうしませんよ。

ヒヨッコなんか潰しても面白くない。今日は――ただのご挨拶です。……では」


「九条!」


振り向いて呼び止めたときには、もうその姿は消えていた。


……まいったな。

仕事着、これ一着しかないんだが。


濡れたシャツの冷たさが、妙にしみる。


俺の過去に、あいつらを巻き込むわけにはいかない……。


どうしたものかと考えながら、大家に小言を言われないよう、雑巾を探すのだった。

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