2.廃神社の狐
三年前くらいから、廃墟をめぐって動画作って、投稿するってのをボクは始めました。それで生計を立てようとしたんですよ。
ただ、なかなか再生回数が伸びなくってですね、今は主に日雇いバイトが収入源になっちゃってます。
え? 廃墟をチョイスした理由ですか?
それはボクが退廃の美を理解する男だからですよね。
週に五日は日雇いバイト、残り二日で廃墟に旅する生活をしているうちに……先月ですかね、体調を崩しました。先月は倦怠感が本当にひどくて、これまでにないメンタルダウンも経験しました。
本当に、この生活を続けていくのか? って。
ボクの生き方は完全に不健全です。
健全とは、正社員として仕事中心の生活をしながら、土日は家族と過ごして、ちょっとだけ趣味をやって、そしてまた仕事。
三十五歳の健全は、そういう生き方を言うんでしょ。
ボクは動画配信にこだわるあまり、日雇いバイトを自ら選んできました。
非正規雇用のその日暮らしでいいって、自分で決めたんです。
その選択は、やっぱり不健全だったし、三十五歳になっても不健全から抜け出せないボクは、もう健全には戻れないのだと思います。
自分で選んだ道だけど、不安なことが一つありました。
廃墟に飽きたらどうしよう、ということです。
この悩みは深く、どうしよう、どうしようと思いながら、ボクは先月の夜に、八王子城跡に散歩に出かけました。そう、ひどくだるい身体を引きずってね。
夜の十時ごろに八王子城跡登山道入り口に着きました。
一時間ほど歩いて、八王子神社に着きました。
ボクは生まれて初めて、神様に祈りました。
――導いてください。
自分の脳みそだけでは到底、不安に向き合うことが出来なかったんです。
二十分くらい祈ってました。
そして、ボクは来た道を戻ることにしました。
しかし、戻っている最中に遭難をしてしまいました。
今いる地点がわからなくなって、ぐるぐると同じ場所を行ったり来たりするうちに、足を踏み外して斜面を転げ落ちたんです。
ボクはどこかに落ちたのですが、それがどこなのか、全く見当もつきません。
深夜になり、気温が下がってきました。
ボクは自分が新聞の見出しになる未来を思い浮かべました。
【八王子城跡で男性の遺体発見(三十五)。低体温症によるものと思われる】
どうせ遭難するなら、北アルプスとかがよかった。ボクは昔、登山家に憧れていました。
気温は冗談じゃないほど低くなってきて、身体が震え始めたボクは、動くことにしました。今いる場所すらどこだかわからないのに、一体どこに行こうかって話になりますが、少しでも動いて体温を上げたかったんです。
とりあえず斜面を登って、石につまづいたりぬかるみに足を取られたりしながら進んでいると、ふと目の前に石段があらわれました。
もしかしたら、地図標識のある場所に出られるかもしれないと思って、階段を上りました。
すると、そこには薙ぎ倒されたように横たわるぼろぼろの鳥居と、その向こうには無惨に倒れた石灯籠や祠がありました。
まさかの、廃神社です。
管理者も参拝者もいなく、人々から忘れられ朽ちてゆく神社。
八王子城跡に廃神社なんてあったの? と思いながらも、草がぼうぼうの境内を探索していると、狛犬のような銅像が倒れていて、本当に狛犬かな? もしかしたら狼かな? なんの神様なのかな? とボクはテンションが上がってしまい、その銅像をじっと見つめました。
すると――銅像の目の部分がぐりぐりっと動いた気がしました。
いや、動きました。
「おまえ、肉を喰ったか?」
銅像は喋りました。
「肉を喰ったかと聞いておるのだ」
銅像はまた喋りました。
ボクは、すっかり自分の気がおかしくなって、幻想を見ているのだと思いました。
ボクは半ばやけくそで、
「肉くらい食べるでしょ、人間なんだから。しゃぶしゃぶとか、焼肉とか」
と言いました。
銅像は「おのれ!」と怒号を発しました。
「よくものうのうと! なぜ喰ったのだ!?」
「いや、お腹が空いたら食べるでしょ。最近、わかったんだけど、やっぱたんぱく質って大事だね。炭水化物だけ食べてるよりかは健康だよ」
銅像の顔つきが少しだけ穏やかになりました。
「腹が減っていたのか」
「そうそう、お腹が空いてたの」
「ところで貴様、感謝はしたのか?」
「……感謝?」
「肉を喰ったあとに感謝はしたのかを聞いておる」
「あ、感謝? もちろん、感謝したよ。ご馳走さまでした、ってね。そこらへんの行儀はいい方なんで。親が厳しかったからさ」
「こやつめ!」
銅像は不動明王ばりにおっかない忿怒の表情を浮かべました。
「ご馳走さまでしたとはどういうつもりだ!? 我が眷属の肉を喰らい生き永らえておきながら、ご馳走さまでしたで済ますつもりか!? なぜ感謝の儀を行わない!?」
ボクは銅像がなぜ、そんなに怒っているのかわかりませんでした。
銅像はヒートアップしていきました。
「おのれこの恥知らず! 貴様は神に等しきを喰らい、ろくに感謝もせず、さらにその厚顔無恥をさらし……! なんたることかっ! 我が眷属が聞いたら嘆きのあまり、血の雨を降らすことであろう!」
「ち、血の雨? ……あぁ、でも、いいんじゃない? やってみれば? 血の雨、降らせてみればいいじゃん」
ボクは完全にやけっぱちでした。
幻想の相手なんて、真面目にやっていられないからです。
「こやつめ! 憑いて呪い殺してやるわ!」
そのとき、腹にどんと鈍い衝撃を感じました。
口の中にぬめぬめとしたものが入り込んで来て、それが胃の中まで落ちるのを感じました。頭がくらくらとして、気を失いました。
気が付いたらボクは道端に倒れていて、腹には狐がいました。
どうやら、ボクが話した相手は幻想ではなかったみたいです。
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