八王子城跡の狐

1.廃墟ハンターのポパイ

 十二月の初日、冬とは思えない生暖かい日にたちかわ悪霊退散キッズのオフィスにやって来たのは、全身が黒の男だった。

 身に付けたサングラス、ニット帽、マフラー、そして防寒着からズボンに至るまで、全てが黒い。

 そして冬とはいえ二十一度にまで気温が上がっているこの日に、防寒着を着こんでいるという季節外れ感。

 季節は外していないはずだが、外を歩く通行人はみな、この日に限っては秋物に戻している。

 男はポパイと名乗った。

 ソファに背をもたれ足組みをしたミリンは彼を見るなり、

「あなた、気温とかわからない人なの?」と言い放った。

 ミリンの隣で颯真は、「ミリンさん、開口一番それはないです、挨拶挨拶」と小声で耳打ちをする。

 この時間、怜司は外出中なので、ミリンと颯真でお客さんの話を聞くことになったのだが――。

「あなた、少しでも寒いなって思ったら蕁麻疹が出ちゃう、とか、そういう感じ?」

 ミリンは兎にも角にも、ポパイの出で立ちが気になって仕方がない。

「それかそれか、あなた、体型が出るような恰好はまずいの? もしかして芸能人だったりする? サングラスは紫外線対策なのかな?」

 挙句の果てには

「あなた、もしかして吸血鬼? ごめんなさい、うちは人外からの相談は請けていないんだ」

 颯真の全身には冷や汗が滲む。無礼な態度を親や兄にとって折檻された経験ならば砂の数のごとし、誰にも負けない。

「ミリンさーん、いくらなんでも失礼すぎますよ……」

 初対面の年上に対しては丁寧語必須で余計なことを言うべからざる、が座右の銘だ。

 突然、ポパイは立ち上がり、防寒着を脱ぎ始めた。

 颯真はあわあわとする。

 せっかく来てくれたお客さんが、ミリンの追求に耐えきれなくなりなにかの無実を証明しようとし始めたのだ。これでは尋問と一緒ではないか。

 颯真がミリンを非難げに睨むもなんのその、彼女はポパイの脱衣の様子を興味しんしんで眺めている。

 防寒着を脱ぎ、上着を捲りあげたポパイの腹部には――狐の顔があった。

 狐はしゃぁという威嚇音を鳴らしながら口を開いた。

 ぎざぎざと鋭い牙がむき出しになる。

 ミリンと颯真は唖然として口を開いた。

 ポパイはやれやれと言うように首元に手を遣る。

「こいつのせいでボク、体調が悪いんです。重いしうるさいし怖いし……。日雇いバイトも行けなくなっちゃいましたよ。どうにかしてもらえませんかね?」

 狐は目を細め、「しゃぁ」と唸る。

 ミリンは後ずさった。完全に腰が引けている。

「ミリンさん、立ち向かってください」

 颯真が背中を押すも、ミリンは「えぇ……」と嫌な顔。

 颯真はため息をつき、ポパイの方を向きなおる。

「とりあえず、この狐がおなかに出来た経緯を教えてもらえますか?」

「ボクは副業として廃墟をまわって動画にして配信してるんだけど、八王子城跡に行った時に……」

 ポパイはつらつらと語り始めた。

 

 

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