4.怜司の見立て
「圭子さん、あなたの体調はどうなんですか?」
怜司が尋ねると、圭子は首を傾げる。
「わたしは別に……350時間働いた月は、風邪気味でしたけれど、繁忙期はいつものことですし」
「そのボストンバッグに悪いモノが憑いているのだとしたら、それをずっと持っていたあなたが、一番、体調が悪くなっているのでは?」
圭子はハッとなる。
「確かに、そうですね」
「そのボストンバッグを買ってから、怪奇現象はありましたか?
金縛りが多くなったり、夜に天井から子どもの声がしたり、ブレーカが落ちたわけでも停電したわけでもないのに突然、部屋の全ての電源が落ちたり、そのようなことはありましたか?」
「いいえ」
「でしたら、そのボストンバッグは関係ありませんよね」
「……でも、だったら時間が止まるボストンバッグの正体は?」
「いま、そのボストンバッグはお持ちですか?」
圭子は鞄の中からボストンバッグを取り出す。
怜司は目を見開いた。確かに、深く品のある藍色だ。
怜司はテーブルの上に、陣が描かれた紙を広げた。
「真ん中に、ボストンバッグを置いてください」
圭子は陣の中にボストンバッグを置く。
怜司はズボンのポケットから鈴を取り出し、小刻みに揺らす。
鳥の音のような音が鳴る。
「
りんりん、りんりんと、心の洗われるような音がなる。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダン・マーカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン……」
怜司は鈴を鳴らしながら呪文を唱える。
しばらくすると、ボストンバッグから黒い煙が立ち昇った。
それきり、なにも起こらない。
怜司は微笑む。
「確かに、霊的存在の霊力の一部が込められていました。けれど悪霊そのものではない。悪霊は美しいものが嫌いです。霊とはいえもとは人です。美しい音を聞くと、信念が揺さぶられるからでしょうか……耐えられなくなって姿を見せる。」
圭子は「つまり?」と尋ねる。
「つまり、このボストンバッグにはどこぞの誰ともわからない悪霊の霊力がたまたま、引っ付いていただけです。もうこれでなんともありません」
「明美ちゃんの体調不良は?」
「おそらく関係ありません」
本当のところを言うと、関連性があるかもしれなかった。
ボストンバッグを作ったモノ、ボストンバッグを売ったモノ、ボストンバッグを触ったモノ、ボストンバッグを目にしたモノ、いずれかが悪霊である可能性はあるが、余計な仕事はしょいこまない、が怜司の信条だ。
「あなたはもう大丈夫ですよ」
圭子は不安げな表情で怜司を見上げる。
「念のため、明美ちゃんを見てもらえませんか? 明美ちゃんに変なモノが憑いてないか、見て欲しいです」
怜司はしばし逡巡し、
「……わかりました」。
諦めたように頷いた。
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