オカ研ミステリー

振り出し

幸福な村


 鋭く窓から射し込む西日が丁度一番眩しい頃。旧校舎の理科準備室で、一人欠伸を噛み殺す。夏休みも過ぎたのにまだまだ暑く、羽の欠けた扇風機が今日も異音を奏でていた。


俺は待っている。一切連絡の取れない男が気まぐれに此処まで足を運ぶのを待っている。毎日足繁く通っては、今日は、今日なら、今日こそはと、物音がするのを待っている。ピッチリ閉じられた扉の向こう側。汚れで埋まった覗き窓が隠すその先。建て付けの悪い扉が嫌な音を立てて、軽薄な声が耳を通るのを、今か今かと待っている。


「よォ、やっとる?」


一切合切が不明なこの巫山戯た人を、何の因果か、待っている。








まるで暖簾を潜るみたいに扉のヘリを潜る。来るたび来るたび同じネタを繰り返すもんだから、最近は返すのも億劫になってしまった。先輩はなんや無視かいなと呟いて、散乱したガラクタを避けずに歩を進めると乱雑に荷物を置いた。この人の物の扱いといったら、相変わらずである。ただでさえ狭い部屋に私物ばっかり溜め込んで、ここを自室とでも思っているのだろうか。


此方側まで転がってきたガラクタを、足でザザッと隅っこに寄せる。古びた床が重みで軋んで嫌な音を立てた。ガラクタの一つの流木の、二つ並んだ木目に恨みがましく見られた気がして男の方へと向き直る。持ち主は素知らぬ顔で勝手に持ち込んだカセットコンロに火をつけて、汗をかいたミネラルウォーターを鍋に注いでいた。鞄の中にはサッポロ一番の味噌ラーメンが見える。舐めた男だった。



「先輩、此処ンことラーメン屋とでも思ってます?」

「だって食いモン出るし、変わらんやろ」

「出るっていうか、アンタが作ってんだけど……」



カカカ、と笑って誤魔化そうとするこの男は、オカルト研究会のOB。俺の先輩で、男ってことしかわからない人。この人というのは、無駄に秘密主義で、法螺吹きで、テキトーなことしか言わないので、一切素性が知れないのだ。率直に言うなら変な人。 だけど、いつも奇妙な話や曰く付きのブツを持って来ては謎を解かせてくれるから。なんだか憎めなくって追い出せない、不思議な人。パッケージの分数を守らずに麺を啜って、汁が跳ねるんで睨みつけても気付かないような人だった。



「で、今日のは何すか?」

「ん?、んグ、ゴクン。 ああ、今回行ったンはな、まあ所謂因習村や」

「また規模が大きくなりましたね。前回は駅のホームでしたっけ」

「おう、せやな」



先輩は鍋の上に割り箸を置くと、デッカイ上にパンパンな鞄を持ち上げて中を漁る。それって本当に必要か?ってのがポンポンと飛び出して、とりわけ必要無さそうなものは床に積み重なり、その後三枚の皺くちゃになった写真が出てきた。相変わらず、物の扱いが雑な人だ。

そうして三枚の写真を、埃の積もった机に強く叩きつける。相ッ変わらず、物の扱いが雑な人だ…。


「オレはこン村を、“幸福な村”ッて呼んどる」




 置かれた写真の皺を丁寧に伸ばして広げてみる。ざっと見た感じ古びたというか、趣のある建物や祠が写っており。なんというか……確かに因習、なんてものがあっても、おかしくは無い村に見える。失礼だが。その中でも一番広く村を写している写真に手を伸ばした。


一枚目、どこか高所から撮ったのだろう、村の全体像が見える写真。東西南北に一つずつ祠のようなものがあり、木造の家や田畑が並んで、中心に神社がある。本当、頭に浮かべて揃うような因習村の特徴…というか、古き良き日本の村だ。この中で取り上げるのならば、祠だろうか。


「何か、良くない信仰が?」

「なんやと思う?これ見てみぃ」


二枚目、差し出された写真は祠を至近距離で撮影したもの。石造りで、苔むしている。中に優しそうな顔をした男の像があるが、石の格子で見えにくい。これが信仰対象なのだろうか。目を伏せ薄らと微笑む姿は神々しく、横にある擦り切れた“農畜豊穣”の文字も相俟って悪しきものにはまるで見えない。この人が嬉々として因習と呼ぶには邪悪さが幾分か足りないだろう。


と、考えて、思い付く。



「こんなん、どっスか?」


「聞かせてみぃ」



 _俺、今回は人間が怖いパターンだと思うんスよ。


生贄か?ヤ、飼い殺しかな……。 嬉々として語り出す後輩を見て、出題者はきゅうっと目を細める。自分は常識人で、アンタのストッパーで目付け役ですみたいなツラしてる生意気な男の、化けの皮をベロンと剥がしてグロテスクな中身を露出させるのが彼はいっとう好きだった。箸を鍋の上に置き、麺が伸びることも厭わずに後輩の話に耳を傾ける。行動に反して優しさとかは微塵も感じられないのがこの先輩だった。




「豊穣を与える神を、閉じ込めンのの比喩がこの祠なんスよ。格子状の石は牢のメタファー…的な?」



 東西南北、四方を囲んで、この村から出れないようにして。この中心の神社に神様が居て、外に出れないまま永遠にこの村に豊穣を与え続けている? そうして飢えること無く繁栄していく村。朽ちない村。



幸福な、村。



俺の考察を聞いて、先輩は小さく笑みを漏らす。悦に浸った、嫌な笑みだった。


「惜ッしいなァ。残念やけど、オレ可哀想な話はせえへんの。嫌ァ〜な話が好ッきゃねん」

「はぁ。そスか。知りませんケド…」


どうせ惜しいって言ったって、その反応から見るに大して当たっていないんだろう。本筋に掠っているとしたら「人間が怖いパターン」の所とか、その辺りだろうか。実際、因習っていうものは人が行うものであって神様は其処に居るだけだ。いつだって。 放っていた三枚目の写真を手に取る。そんなに情報があるように見えなかったから、一旦置いておいたもの。


三枚目、写真の中には、平面から見た村に実り豊かな田畑が写っていた。流石、豊穣の神を祀っているだけあって豊作も豊作。農家なのだろうか、恰幅の良い男が今まさに収穫中といった様子でトウモロコシを手に取っている。畑には、他にも人参やキャベツなどがどれも旬のように実っていた。全体的に、結構甘めのラインナップ。広がる畑の7割程度をトウモロコシが占めていて、異様に穀物が多く野菜が少なかった。


「栄養、偏りそッスね」

「ええとこ目ェ付けとるわ、せやねんな。閉鎖的な村で、栄養の偏りそうな畑。足りない野菜に?」

「……まだあるんスか?」

「まァ、もう言ってるようなモンやけど」



 ひとつ、大きく溜息をこぼす。三枚目の写真を端から端まで観察する。いわば間違い探しだ。一般的な村とこの村で、何が違うのか。何が多くて何が少ないのか。一般的な村なんて知らないので無茶としか言いようが無いが。口ぶりからして“栄養の偏りそうな畑”がそれなのだろう。核心をついていないだけ。畑、畑…。トウモロコシ、人参、キャベツ、あとはさつまいも…だろうか。どれもこれも、今が収穫時期ですと言わんばかりに実っているが。


「旬が全部違うとか?」

「あー、まあ、それもそうなんやけど。」


違うのか。間違っては無いんだろうが、核心じゃない。甘いのばっかりってのも、多分違う。ギギ、と首を捻らせて写真を睨みつける。この畑に、何かおかしなことがあるだろうか。核心を突くような、何か。 小さく唸り声を上げると、前から笑い声が聞こえる。クソ、人が頑張って解いてンのを高みの見物で楽しみやがって。文句の一つでも言ってやろうと顔を上げると、その男は小さく首を傾げて、まるで赤児を相手取る様な目と声色で優しく語りかけた。



「ギブアップ?」


「しませんけど。」



…アー、怖。この人のこういう所が苦手だ。自分はいつだって一枚上手に居るような顔をして、俺が悩むのを娯楽みたいに扱ってくる。こっちが諦めないことを知っていながら、こういうことを聞いてくる。そんでもって俺も解いてしまうから、規模も段々大きくなって、その度に俺は首を捻らせて唸る羽目になるんだ。解けませんでしたなんて死んでも言いたくないので、この程度の屈辱は甘んじて受け入れるが。


再度写真に向き直る。もう二枚の写真も並べて、しかし見つめるだけ。煮詰まっている自覚はあった。わからんもんはわからんし。考えれば考えるほど、この畑のおかしさなんて全部見つけた気分になる。指で机をトントン叩く。畑、ってのがダメなのかな。畑じゃなくてもっと別の……でも、何か変なものが写ってるわけじゃないし。ヒトの方?でも何が変ってことはないし。ムイ、と唇をとんがらせて、頭の後ろをワシ、と掻いて。わかんないって!この村何がおかしンだ。


「しゃーないなァ、ヒントやるわ」

「……あざす」


見かねて、なのか。箸をカン、と机に置いて、麺の伸びたラーメンを俺の前に押し出す。なに、食っていいんスか?駄目に決まっとるやろ。具無しの袋麺は時間が経ったこともあってとても美味しそうには見えない。俺は袋麺よりもカップ麺派だし。悉く趣味が合わないな。そういったところから、このヒントなのだろうか。



「こン村の食いモンから、調理してコレに入れてみぃ」

「トッピング、ってことスか」


先輩はラーメンをくるくる指差して、ニィーっと笑った。



「足りひんの、なーんだ」



 サッポロ一番みそラーメンに、トッピングを、村の中から。まずはトウモロコシだろうか。味噌ラーメンならそこそこ王道トッピング。あとは野菜、キャベツも人参も結構合うだろう。先輩はジャンキーなのしか食べないからこういうのは好きじゃないだろうけど、俺は好き。村には見えないけどもやしとかも入れて、野菜炒めにして、豪華にすんなら豚肉とか…__あ、



「肉だ。ココ、肉無いんスね。農“畜”豊穣なのに。」



「せや、閉鎖的な村で、栄養の偏りそうな畑。足りない野菜、どこにも見当たらない家畜。」



そして、ぜぇんぶ意味がある。



 先輩はヒント終ーわり、と更に質量の増えたラーメンを引き取った。熱で少し温まった机に三枚の写真を並べる。閉鎖的、で、どこへも出れなさそうな村。四方に置かれた祠は監視を意味しているのだろうか。いつだって、どこに居たって神様が見ている。祠の格子が閉じ込めているのは、豊穣の神ではなくて村人? 格子を通して見張られる、偏った栄養によって肥えた村民達。きっと年中豊作の畑。農畜豊穣とは、一体、誰にとっての。


「オーディエンスを使用します。」

「ミリオネアか?」

「これ、村民が太ると豊穣の神って得しますよね」

「聞けや。も、しゃあないな」

そら、丸々と太ったら嬉しいわな。



 先輩がニコ、と静かに笑う。俺はイ、と口角を下げる。嫌ァ〜な話、好きなんだったか。確かに嫌な話だ、コレは。



「そんなら、こういうことじゃないですか。」



食べてるんでしょ。豊穣の神、村人を。


 肉無くして筋肉量も減らして、栄養偏らせてぶくぶくに肥えさせる。農畜豊穣の畜の字は、ここの村人を指している。ようよう見たら、牛や豚のエサみたいですもんねこの畑。村人以外の肉が無いのは、餌に混ぜたら臭みがつくからってのもあるのかな、知らないですけど、マズイって言うし…。肉甘くして食う魂胆なんでしょ。この村は丸々、家畜小屋なんすよ。ひどい話……でも、ああ、わかっててこうなんでしょうね。だって幸福な村ですから。だぁれも、飢えやしませんから。





ふぃと目線を落とした先。机の上の写真には、優しい笑顔の豊穣の神と、満ち足りた顔の村人。






村人は畑に、神様は村人に。お互い食糧を依存し合ってるから抜け出せず、繁栄し続ける。生き続ける村。


幸福な村。



「ってことで、どすか」

「大正解〜!」



ぱちぱちぱち。わざとらしい拍手が部屋に響いて、冷めた視線がそれを貫いた。 また嫌な話を聞かせてくれたな。嘘だけはつかないだけマシなのだろうか。でも毒が毒の色をしていたからって、それを良心的とは呼ばないし。毒は毒だ。嫌な話は嫌な話で、先輩は先輩。


熱の籠った室内を隙間風が冷やす。いつのまにかラーメンは空になっていて、西日は完全に顔を隠しつつある。帰宅には少し遅いくらいの、逢魔ヶ刻を越した頃。先輩はそろそろ帰るか、と席を立った。解いた後はいっつも酷いもので、さっさか帰ろうとする。セックスにだってピロートークがあるというのに、この人のクイズに解説はない。散らかしたガラクタも写真も、そもそも持ち帰るという発想すら欠けているようだった。ほんとうにぜんぶそのまま帰るつもりだ。襟首に爪を引っ掛けるようにポンと言葉を投げる。



「よく、こんな村に行きましたね。食われたりとかないんすか」



先輩食いではなさそっすけど。失礼やな。 声を掛ければ振り返って、立ち止まった先輩の鞄に手当たり次第ガラクタを詰め込んだ。持ち帰ってもらわないと、そのうち俺の椅子にまで乗っかってしまいそうだし、それは困る。先輩は鞄を持ち直して俺から遠ざけると、固く口を閉めた。こういう時だけは等身大で、揶揄い甲斐がある。



「他所モンが行く分には食われへんよ。まぁ出しても貰えんけど」


「エ、じゃあ先輩どうしたんすか」


「まぁどうせ食われるんやし、しゃあないから神様の口ン中突っ込んだったわ。」



 オモロかったで。よっぽど不味かったんやろな、ウェーって吐き出しよった。



は、と固まる俺を見ないで、先輩は呵呵と笑った。ああ、そういえばこの人って化け物なんだった。なんだか人間に見える気がして忘れていた。口角がヒクついて愛想のような乾いた笑いが漏れる。それを同調と勘違いしたのか、シンプルにこっちがドン引いてることに対して悦を感じたのかは知らないが、きゅうーっと目の全部を線にして喜んでいた。うわあ、きもちわる。


「楽しかったようで何よりです」


「なんやわかりやすい嘘ついて、きもちわる」



よっこらせ、と重くなった鞄を持ち直して扉を開ける。旧校舎の廊下は薄暗くて、異世界のように見えた。次はどこへ行くのだろうか。何を求めに行くのだろうか。何を解かせてくれるだろうか…。



「当ててもうたから、ほな帰るわ」


「はい。_俺、ちゃんとオカ研居るんで。」



また来てくださいね、と言うと、先輩はどうやろかと笑った。

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オカ研ミステリー 振り出し @FURIDASI_ni_MODORU

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