第13話 何気ない時間(夢月Side)

「……気のせい、か」


 俺は瞬きをして軽く首を振り、気分で選んだ乳酸飲料をリンゴジュースで割ったものを手に席へ戻る。デメアでないことを祈りつつ、視線は何となく店の外へ向けられてしまう。

 それに気付いた龍太朗が、パスタのソースで口元を汚したまま首を傾げる。


「夢月、何かいたのか?」

「いや、何もない。何となく外が気になっただけだ」

「そっか。窓の傍だし、気になるのはわかる。……そっか、宿姫さんがいたんだろ」

「いないだろ。ここ、家から結構離れてるし。何処に行ってるのかは知らないけど」


 知ってたらやばいだろ。そう肩を竦める俺に、榮大が「ふふっ」と笑った。


「宿姫さんは、夢月には教えてくれそうだけどね」

「確かに。信頼されてるもんな、お前」

「……一緒にいる時間が長いからな。だからだろ」

「嬉しいくせに、つれないこと言うなって」


 けらけらと笑う龍太朗に「食えよ、冷めるぜ」と言われたらその通りだ。俺もテーブルに置かれていたハンバーグランチに手を付けた。

 箸でハンバーグを切ると、ジューといううまそうな音がする。まだ皿というか、鉄板は熱い。


「……そういや、週明け小テストだよな。日本史だっけ」

「嫌なこと思い出させるなよ、夢月」


 うへぇと嫌そうな顔をする龍太朗。それに追い打ちをかけたのは、彼の隣でみそ汁をすすっていた榮大だ。


「龍太朗、英語もあるよ」

「ぐっ……効果は抜群だ……」


 わざとらしくパタッとテーブルに突っ伏す龍太朗の後頭部をつつき、榮大は苦笑いする。


「龍太朗ー、自己ベスト出したんだから僕らが勉強見てあげるけど?」

「勉強見てもらうのは……定期試験の時に取っときたい…」

「回数制限あったのか。ま、それならそれで良いけど」


 頑張れよ、と夢月は榮大と共に龍太朗をつっついた。

 ツンツンツンツンされる龍太朗は、耐えられなくなったのかガバリと頭を上げる。そして、頬を膨らませた。


「オレで遊ぶなよ」

「面白くて、つい」

「榮大と一緒」

「くそーっ。体育なら負けないのに」


 パスタを食べ切った龍太朗は、丁度やって来た店員から頼んでいたパフェを受け取った。よく食うな。

 おいしそうにクリームやフルーツを堪能していた龍太朗だったけれど、ふとスプーンを止めた。


「そういや、部活の奴が言ってたぜ。日向はどっかの部に入らないのかって」

「高校入学直後から、よく勧誘されてるよね。まだ続いてたんだ?」


 榮大もオムライスをそろそろ食べ終わるところだ。それにしても、みそ汁とオムライスの組み合わせはなかなか頼まない気がする。

 俺は持ってきたドリンクを一口飲んで、苦笑いを浮かべた。


「学校のルールで入らなきゃいけないってわけじゃないし、俺は部活に入る気はないよ。ずっと断ってるんだけどな」

「だよなぁ。頭良くて、運動神経も良いとか、天は与え過ぎじゃね?」

「俺に聞くな。それに、多分その分何かが欠けてんだろ」

「何かねぇ……」


 ストローで何杯目かのドリンクを飲み終えた龍太朗は、「ま、いいけどさ」と笑う。


「夢月も榮大も部活入ってないから、こうやって記録会にも来てもらえるし?」

「部活も良いけど、僕は勉強の方が楽しいから」


 榮大は学年トップクラスの学力を持っているが、それは本人が勉強好きなことに由来する。教科書だけではなく、学術書や論文も読みあさっているらしい。将来は学者も良いんじゃないだろうか。


「そういうやつがいるから、オレみたいなのが勉強教えてもらえるんだよな」

「他人頼みなのな」

「僕は復習にもなるから良いけどね。ちゃんと成績上げてくれれば」

「うっ……」


 そんな他愛もない話をしていると、ちらりと見えた黒い影のことを忘れそうになる。俺は二人の話を聞きながら、このまま何事もなく一日が過ぎてくれることを願っていた。


 ✿


「あー、喋ったしゲーセンで遊んだし、楽しかったー!」


 夕方になり、俺たちはゲームセンターを後にした。

 ファミレスで食事を終え、近くのゲームセンターに入っていたのだ。龍太朗の好きなアニメキャラのグッズがクレーンゲームで出ているとのことで、取りに行った。それは無事、龍太朗の手元にある。


「相変わらず、龍太朗はクレーンゲーム得意だよな。ってか、ゲーム全般?」

「タイミングよかっただけだって。あ、でも夢月はこういうの苦手だよな。全然クレーンが言うこと聞かない」


 意外な苦手分野だよな。そう言う龍太朗に笑われて、俺は眉間にしわを寄せる。昔から、ゲームは苦手というか、不得意だ。対戦ゲームは尚更。


「戦い甲斐のない相手でごめんな」

「拗ねるなよ。おれも榮大には勝てないし」

「レース系なら、だけどね。戦略を立てるのは得意なんだ」


 くすくす笑った榮大は、三人で戦ったカーレースゲームにおいて二連続で優勝している。効果的な道具の使い方や攻め方をしてくるから、俺たちはかなり翻弄された。


「いやぁ、楽しかった! また遊ぼうぜ」

「ああ、また学校でな」

「気を付けて帰ってね。また月曜日」


 龍太朗と榮大と別れてしばらく歩いていた俺は、不意に目の前を通り過ぎた黒い影に目を奪われた。


(デメア……!?)


 霧のような掴みどころのない黒い影。間違いない。

 俺はそれを追い、いつもは折れない道を曲がった。

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