新たな力

第12話 射手座の弓矢

 射手座に呼びかけた。これが正解なのかはわからない。でも、呼んだ途端にわたしの手にあった杖が光り輝き形を変えた。

 唐突な変化に、デメアも身構える。


「ギッ……」

「杖が……弓矢になった!」

「射手座の力です!」


 シャリオちゃんの声が聞こえて、わたしは頷く。

 杖だったものは、細く強靭そうな弓とガラスのように半透明な矢に変化していた。たった一本で仕留められるかは不安だったけれど、やるしかない。

 わたしは弓矢の力を最大限に使うため、デメアから距離を取ろうと試みる。


(駄目だ! あっちもわたしの狙いがわかってるから、距離詰めてくる)


 それに加えて、ここは街中だ。いつこの路地に人が入ってくるかわからない。出来る限り短時間で終わらせなければならなかった。


「美星様!」

「……大丈夫。大丈夫!」


 そう言い聞かせないと、怖気付いてしまう。わたしは爛々と赤く輝くデメアの目から視線を逸らさず、至近距離で弓を引いた。


 ――パァンッ!


「ギァァァァッ」

「……っ、当たった……」


 耳をつんざくような悲鳴が響く中、わたしは妙に冷静に状況を眺めていた。アドレナリンが大量分泌されすぎて、反対に落ち着いたみたい。そんなことはきっとないんだろうけれど。


「……っ……」


 わたしの放った矢が当たったのは、デメアの右目。その場所を手らしきもので押さえ、デメアは肩で息をしているみたいに見える。

 まだ動くかと身構えたけれど、その目の部分から徐々にサラサラと砂のように崩れていく。倒せたみたいだ。


「やった……」

「――人が来ます! 美星様、行きますよ!」

「う、うん!」


 変身を解き、シャリオちゃんに鞄へ急いで入ってもらう。それから、足音のする方とは反対に向かって駆け出した。


 ✿✿✿


 美星が走り去った直後、足音の主はデメアの残滓が残っていた地面に触れた。しかし何も掴むことは出来ない。息をつき立ち上がると、既に見えない背中に向かって呟く。


「……あれが、現世の」


 声色は、美星と同年代の少女のもの。しかしながら、そこに籠められた感情は、言いようもないほどに暗く渦巻くものだった。


「支度しなければ。……二度目の大戦の火蓋は、すぐそこにあると」


 小さく嗤い、声の主は踵を返す。そして、もと来た道を歩いて行った。


 ✿✿✿


 駅前からずっと家の方へ向かって、わたしは走り続けた。何処まで走れば良いのかわからなかったけれど、ひとまずシャリオちゃんが良いと言うまでは。


「……っはぁ、はぁ」

「美星様、もう少し」

「も、もうだめだぁ~」


 息切れが激しくて、もう一歩だって走れない。わたしは丁度見つけたバス停のベンチに座り込む。走ってすぐに止まったら良くないと知っているけれど、後半ほとんど歩いてたようなものだから良いよね。


「……っは、はぁ」

「大丈夫ですか? 美星様……」

「だいじょ……ぶ。もう少しだけ、休ま、せて」


 夕暮れが夜へと移り変わるその途中、わたしは空を見上げて呼吸を少しずつ整える。

 呼吸が落ち着いてくると、考える余裕が出来てくる。わたしは今は何も持たない両手を眺めて、弓矢の感触を思い出していた。


(倒せた……。わたしにも、誰かを守れるかもしれない)


 ようやく普通に息が出来るようになり、わたしはふうと一つ息を吐く。それから立ち上がって、家に向かって歩き出した。


「……ねぇ、シャリオちゃん」


 夕暮れ時、道を歩く人はまばらだ。わたしは鞄の中にいるシャリオちゃんに向けて、そっと囁く。


「何でしょう?」

「わたしの使える力が星座の力なのは、お姫様が星の王国の人だったから?」


 シャリオちゃんが捜しているかつての星の王国の姫君。彼女と同じ力を借りているのだとしたらそうなのだろうとあたりをつけて尋ねると、シャリオちゃんは大きく頷いてくれた。


「はい、その通りです」

「やっぱりそうなんだね。……ってことは、夢月は月の力?」


 安直かも知れないけれど、わたしはそう予想した。夢月はまだ戦う力に目覚めていないけれど、きっとすぐに使いこなしてしまうだろうと思う。

 わたしの予想を聞き、シャリオちゃんは「ちょっと違います」と応じた。


「月の王国は、太陽系の惑星の力も使うことが出来ました。ですからおそらく、夢月様も使うことが出来るはずです」

「惑星の力……。どんな力なんだろう? 夢月と一緒に戦う時に見られるよね」


 今日、夢月は友だちと三人で出掛けているはずだ。出掛け先で自分のようにデメアに会っていないことを祈りつつ、わたしは帰りのスピードを速めた。


「まだ聞きたいことはあるけど、それは家に帰ってから存分に聞くね」

「わかりました。何でも聞いて下さい」

「ありがとう。……少し、待っていてね」


 時折すれ違う歩行者にばれないよう、美星は姿勢を正して真っ直ぐに前を向く。家まではあと五分足らず。

 だから、知らなかった。わたしだけではなく、夢月もまた戦いに身を投じていたということを。

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