第11話 路地裏のデメア

 カフェでお喋りしていたら、いつの間にか夕方になっている。そろそろ解散しようかなんて話していた時、わたしは遠くから聞こえる不吉な鳴き声を聞いてしまった。


「えっ……」

「どうかした? 美星」

「……え。ううん、何でもないよ」

「そう?」


 紗都希ちゃんと二人、駅に向かって歩く。でも、会話に集中しきれていない自分もいた。


(デメア? お願い、まだ確証を持たせないで)


 鞄の中で、シャリオちゃんも気付いたみたい。妙に静かだから、きっと何処にデメアがいるのか探っているのかも。


「美星。じゃあまた明後日、学校でね」


 気付けば、駅前の広場に立っていた。紗都希ちゃんの話、ちゃんと聞けてたのかな。

 とんっと背中をはたかれて、わたしは頷き笑った。


「うん。今日は一日ありがとう、紗都希ちゃん。……気を付けて帰ってね」

「美星もね。バイバイ」

「ばいばい」


 手を振り、紗都希ちゃんを見送る。彼女の家は、駅を挟んでわたしとは反対方向なんだ。


「……シャリオちゃん」

「ええ、います。デメアが」


 紗都希ちゃんの背中が見えなくなってから、わたしは人通りのほとんどない路地に入り込んだ。そこで鞄を開けると、シャリオちゃんが顔を出す。真剣な眼差しで、キョロキョロと辺りを見回した。


「デメアって、何か狙いがあるのかな?」

「はっきりとしたことはわかりません。ですが、わたしたちのように生まれ変わった者たちが狙われているのは間違いないと思います」

「生まれ変わった者たち……。ん? ってことは、シャリオちゃんの捜してるお姫様たちが危ない!」


 一刻も早く捜し出せなくちゃ。そう思った途端、頭上で獣の唸り声が響いた。地鳴りのような声の主を捜し、わたしは上を向く。


「――っ!」

「あ、あそこです!」


 シャリオちゃんの指差す方、店舗の入った雑居ビルの屋上だ。

 初めて出会ったデメアは豹の形をしていた。けれど今目の前に着地したのは、猿によく似た姿のモノだった。黒い靄のような掴みどころのない存在であることは変わりないけれど、わたしは姿が違うことに驚いた。


「シャリオちゃん、デメアって色んな姿があるの?」

「ええ、あります。黒くて霧のように見えるという点は変わりませんが、あのように様々な動物の姿であることが多いですね。姿は一つではありません」

「……なるほど」


 更にシャリオちゃんによれば、デメアはひとりでに湧き出すものではないらしい。


「わたしと同じように、失われた世界から脱した者、もしくは姫様と同様生まれ変わった誰かによって、あのデメアたちは創られているのだと……きゃっ」

「シャリオちゃん!」


 雄叫びを上げたデメアが、シャリオちゃんに飛び掛かる。間一髪で躱したけれど、掴まれていたらと思うとゾッとしたら。


(……うん、誰もいない)


 薄暗い路地には人の気配はない。大通りに出ず、ここで終わらせることが出来れば被害は最小限に抑えられそう。


(念じれば良いんだよね)


 悔しそうに地団駄を踏むサルのデメアを見据えたまま、わたしは自分が変身した姿を思い浮かべる。あれならば、まだ戦う方法があるから。


「――デメア、こっちを見なさい!」

「……グルル」

「美星様!」

「――ガアッ!」


 シャリオちゃんの声、デメアの跳躍、そしてわたしの変身の完了はほぼ同時。


(変身の文言とかなくてよかった……)


 幼い頃に見ていた魔法少女アニメのような言葉を言わなくてはならなかったら、かなり躊躇しただろうな。そんなことを思う間もなく、わたしの視界の真ん中に、デメアが躍り上がる。


「くっ……!」

「キシャーッ」

「負けない……んだからっ」


 近くで見ると、デメアはわたしとほぼ同じ身長だ。更に長い手足を伸ばし、掴みかかろうとしてくる。それを何とかいなしつつ、わたしは反撃のタイミングを探っていた。


「……っ!」

「美星様!」


 デメアの鋭い爪に二の腕を切られ、動きを止めてしまう。シャリオちゃんが呼んでくれなかったら、首くらい切られていたかも。

 冷や汗をかく暇なんてありはしない。わたしは腕の傷の痛みを呑み込む。デメアに突き飛ばされて距離を取ることが出来たのを好機として、あの杖を召喚した。


(お願い。わたしに力を貸して!)


 キラキラ輝く星を冠した杖を手に、仕切り直しだ。壁で打った背中は痛むけれど、泣くのはデメアを倒してからだ。


「どうする……? っ! 突破口を」


 前回は獅子座の力を借りた。

 きっとわたしは、星座の力を借りることが出来るんだ。確証はないけれど、きっと。

 デメアは当然こちらの都合などお構いなしで、両手の鋭い爪を存分に使ってわたしを追い詰めようとしてくる。影のような姿だけれど、口らしきものが裂けて、嗤っているように見えた。


「ギャッギャッ!」

「いったぁ」


 防戦一方だから、デメアはわたしに油断していようだ。両腕は傷だらけで、きっとこのまま家に帰ったら心配される。


(それに、きっとまだこれは始まりに過ぎないから。……ここで立ち止まってたらいけない)


 一か八か。わたしは杖を握り直し、一つの星座にこの瞬間を託すことにした。


「応えて! ――『射手座の弓矢』!」

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