第10話 龍太朗の記録会(夢月Side)

 土曜日、俺は龍太朗の部活の記録会に来ていた。応援に来ているのは俺たちだけではなく、同級生や応援部のような部活の生徒、先生たちが多くいる。

 女子生徒何人かからの視線は感じるけれど、それを気にしていても仕方がない。申し訳ないのだが、そういう視線には応じられない。一部の男子からは傲慢だと思われていることも知っているが、恋愛については愚鈍な自覚があるのだから諦めて欲しいものだ。自分のことすら、よくわからない。

 俺は受付で貰ったタイムスケジュールを眺めつつ、隣に座る榮大へ視線を向けた。


「榮大、龍太朗の出番っていつだっけ?」

「この短距離の後だよ。……ああ、ほら」


 榮大の言う通り、すぐにグラウンドに龍太朗が現れた。他の選手と共に準備体操をしていたが、俺たちを見付けて手を振ってくる。満面の笑みを向けて来るものだから、呆れてしまう。


「……集中しろよ」

「龍太朗なりの息抜きというか、緊張し過ぎないようにしてるんだろ。あいつ、意外と緊張しいだから」

「だな。……あ、始まる」


 パァンッという合図が鳴り響くと同時に、龍太朗たちが走り出す。すると観客席の応援合戦も始まって、隣り合っている俺たちですら相手の声が聞こえなくなった。


(……真剣に走ってる姿、かっこいいと思うんだけどな。何で学校で適当してるんだか)


 龍太朗の競技は短距離だ。一瞬の気持ちの揺らぎが命取りになる。そう言って冗談のように笑ったのが嘘のように、彼の走る姿は綺麗だった。


 ✿


「――っはぁ、疲れた体に染みるぜ」


 記録会が終わり、俺たちは三人で競技場近くのファミレスに来ていた。ドリンク飲み放題と一緒にそれぞれ昼食を頼み、一息つく。


「お疲れ。自己ベスト出してたな、有言実行おめでとう」

「だな。ちゃんと教えるから、その地頭の良さを発揮してくれよ?」

「夢月、榮大、さんきゅ。自分を超えられるって気持ちいいな! けど、もっと速いヤツもいるってわかったから、次こそは一番になってやる」


 悔しそうに拳を握り締めた龍太朗は、それでも何処か嬉しそうだ。手元の炭酸を一気飲みすると、次のドリンクを取るために立ち上がる。


「ドリンクバー行ってくる。二人は?」

「後で行く」

「僕も。行ってらっしゃい、龍太朗」

「おう」


 席から見える位置にあるドリンクバーの前に立つ龍太朗を眺めつつ、俺はちらりとテーブルの上のスマホに目をやった。画面には何も表示されていない。何もないなら、それに越したことはないのだが。


「……もしかして、宿姫さん、今日誰かとデートなのか?」

「……は?」


 榮大の言葉に、俺は目を丸くした。それを見て、榮大がくすくす笑う。ごめんごめんと言いつつ、俺のスマホを指差す。


「ちらちらスマホ見てるから。連絡待ってるのかと思って。違った?」

「……半分くらい無意識だった」


 何回くらい見ていた? 榮大に聞いたけれど、答えを聞いて自分で驚く。記録会からだと言われると、余計に。


「六回……。そんなに見ていた記憶はないんだがな……」

「無意識なんだろうね。……で?」

「は?」

「宿姫さん、何処の男とデート?」

「えっ。宿姫さんデートなのか? 夢月お前、ここにいていいのかよ!?」


 オレンジジュースと烏龍茶という組み合わせで持って来た龍太朗が、そこそこ大きな声で言う。もう少し音量を抑えろ。


「龍太朗、店内」

「ご、ごめんっ。でも、ほんとに……」

「男とのデートじゃない。本原と遊びに行くんだよ。それをデートって言ってたの、お前らも聞かなかったか?」

「ああ、あれか」


 榮大はすぐに思い出したけれど、龍太朗は首を傾げている。思い出さなくてもいいんだが、本原と美星は友だちなんだから遊びに行くのは普通だろう。

 俺は丁度ロボットが持って来た料理をテーブルに並べつつ、眉をひそめた。


「美星の友だちに嫉妬してられるかよ」

「ふふ。顔怖いよ、夢月」

「元からこんな顔だ」


 何となく決まりが悪くて、丁度コップの中身がなくなったこともあって席を立つ。


「ドリンクバー行ってくる」

「いってらっしゃい、先に食べてるよ」

「わかった」


 ドリンクバーは十数歩も歩けば着き、俺は前の人を待ちながら何にしようかと目を泳がせる。


(……美星が誰か男と出掛けるとなったら、俺はどうするんだろうな?)


 その可能性を考えたことがなかった自分に驚いている。龍太朗や榮大が相手ならばまだ良いけれど、他のクラスメイトや全然知らない奴だったらどうだろう。


(……なんか、凄く……嫌だな。美星は俺の……ん?)


 俺の、何だ。答えに手を伸ばすけれど、煙に巻かれるように遠ざかってしまう。俺は一旦思考を止めて、アイスティーやソーダの並ぶコーナーを眺めた。


(……美星は、俺の大切な幼馴染だ。あの笑顔を守るんだって、小さい頃に決めてるだろ)


 あの日、星空を見上げていた嬉しそうな笑顔。美星の名前以上に、俺にとって彼女は光で大切な存在なんだ。


(恥ずかし過ぎて誰かに言うなんてあり得ないけどな。……ん?)


 何となく動かした視線の先、店の外。何か黒い影が横切った気がした。まるで、デメアのような。


(……気の所為、であってくれ)


 不自然に拍動する胸元を押さえ、俺は軽く息を吐いた。

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