第14話 月の剣(夢月Side)
「すみません!」
人にぶつからないよう気を付けながら、俺はただ前を行く影を追っていた。時折舌打ちされたけれど、そんなものを気にしていられない。追い駆けなければ。
「……っ、はっ、はっ」
正しくは、建物から建物へと飛び回る影を。目線を上に固定し続けるわけにもいかないけれど、デメアがいる場所は見なくてもわかった。気配のようなもので、はっきりと。
(まるで、俺を誘導してるみたいだな)
龍太朗のように体力が有り余っているわけではないから、全力疾走にも限界がある。
(変身するか? いや、まだ人目がある)
俺はどんどん人気のない方へと導かれていることを自覚しながら、ただデメアを追った。あいつらと対峙していけば、何かに辿り着くという確信がある。
何か、の正体はまだわからない。
(けど、シャリオの捜してる人たちのことがわかれば……!)
唐突に、影が動きを止めた。見れば空きテナントだらけのぽつんと建つ雑居ビルだ。その二階の外階段の踊り場で、ポンポンと飛び跳ねる妙に立体感のある影。
「……デメア、か」
「……ギャウッ」
「うわっ!?」
トーンと軽く跳躍したと思った瞬間、影が俺に向かって落ちて来た。落ちるなんて生易しいものではなく、明らかに俺を狙って突っ込んで来る。
思いがけないタイミングで、俺は綺麗にバランスを崩す。後ろに転びそうになって、ギリギリ左足で体を支えた。よかった、足をひねってはいない。
「――っ」
「ギッ」
はぁと息を吐く暇もない。立ち上がろうとした途端、黒い影が俺のこめかみを通り過ぎた。それがウサギの足だと気付いた時には、俺は腹を蹴られて吹っ飛ばされていた。
「かはっ」
「ギギッ」
「――ゲホッ。……嗤ってやがる」
完全に不意を突かれた。胃の中のものを全て吐き出したい衝動に駆られたけれど、なんとか全て胃に戻す。それからぴょんぴょん跳ねて俺をこちらを挑発してくるデメアを睨み付け、俺は腹を押さえつつ立ち上がった。
「美星もシャリオもいない。……けど、絶対に倒す」
「ギッ」
やってみろ、とでも言いたげなデメアが気に食わない。俺はこの前の自分の姿を念じ、変身した。周囲に人影がないことは確認済みだ。
「よし。それで、どうするか。だな」
俺にはまだ武器がない。けれど、あのウサギのデメアには素手では勝てない。今はおそらく、攻撃を防ぐことで精一杯だ。
(どうしたら良い? どうすれば、戦うための武器が手に入る? 俺に足りないものって何だ……)
考えている間にも、デメアは俺をもてあそぶように攻撃を仕掛けてくる。ウサギとしてはあり得ない跳躍力とキック力を存分に使い、俺を追い詰めていく。
変身したことで普段よりも早く動けるし腕をクロスさせることで攻撃を耐えることは出来るけれど、防戦一方だ。状況打破のための一手、それがない。
「――ッ」
いつの間にか、デメアの足の先に爪が生えていた。それが俺の二の腕を襲い、鋭い痛みが走る。見れば、赤い血がにじみ出るように流れていた。
「……、……っ」
わずかに呼吸が乱れる。強化されているとはいえ、何度も蹴り飛ばされひっかかれていたら、体力を持って行かれて当然か。
「――欲しいな、力が。……あいつを、あいつが怖がるものから守るための力。子どもっぽいかもだけど、昔からそれを信じていたんだ」
「ギッギギッ」
俺の顔面直撃を狙ったらしいデメアの足を腕で防ぎ、俺は靴の裏がどれだけすり減ったかと意味もないことをちらりと思った。乱れる息をそのままに、ごくんと唾を呑み込む。
「必ず、勝つ。――っ。美星を守るって俺自身が自分に定めた」
息つく暇もない猛攻。その中で俺は、徐々に心の中で何かが形を作っていく感覚を持っていた。もう少しで、掴み取れる。この手に。
あの時のような悔しさを、二度と抱くことのないように。
「力が欲しい。あいつの心を、体を……全部を守るために。敵を斬り裂く刃が!」
定まった。そう感じた。俺はデメアに吹っ飛ばされたスピードを利用して距離を取り、右手を空に向かって伸ばす。その手のひらに集まる熱、そして光が形になるものを掴み取る。
「――来い!」
掴み、振り下ろす。丁度俺に向かって伸ばされていたデメアの左足が、スパンッと斬れて吹き飛ぶ。飛んだ左足は、空中で黒い砂のようになって消えてしまった。
「ギヤァァァァァァァァッ」
断末魔のような悲鳴を上げ、デメアが俺に向かって飛び掛かって来る。
剣の鍔部分に小さな三日月を模したような飾りがある。白銀のそれが光を放ち、俺は鼓舞されたように感じた。
「これで……終わりだ!」
耳を塞ぎたくなるような叫びに顔をしかめて、俺はそれでも腕を振り抜く。激高したデメアの正面に、刃を叩き付けるように。
「――っ、はっ……はっ、はっ」
ダンッという音がした。それが自分の足を踏み出した音だと気付いたのは、デメアの全身が塵と消えた後のこと。
「……剣、か。もう、いないよな」
周囲を警戒するが、別のデメアがやって来る気配はない。俺はようやく息を吐き、変身を解いた。すると途端に、全身が悲鳴を上げる。デメアにつけられた傷が、一気に痛み出す。
(ほっとしたからだろうな)
俺は後からやって来た激痛に耐えながら、ゆっくりともと来た道を歩き出す。幸いなのは、服があまり汚れていないことか。怪我のほとんどは、変身後につけられたものだ。
(帰って、傷を洗って消毒だ)
幸い、今日は夜まで親は帰って来ない。一人っ子だから、兄弟の目を気にする必要もない。俺は服の下の怪我を気にしながら、出来る限り不自然にならないように背筋を伸ばして歩き続けた。
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