第2話 祈祷と宴会

 植物を編んで作ったような椅子に座るケモ……ヘルヴァンの森の長が、俺の目を見据える。

 ただならぬ空気の中、俺は守護神の言葉を反芻していた。




 「ボクも手伝うから、一芝居打ってくれ。キミは神の使いで、ボクの命を受けて集落にやってきた、ということにしよう。自然な流れで祈祷をして欲しい」




 (畜生、何が『一芝居打ってくれ』だ……!)



 守護神の助言通り、見回りに来た男に『私は守護神ヘルヴァンの使い。泉を浄化するため此処へ来た』と言ったら、ここの長だという人の前まで連れてこられてしまった。

 どうする、逃げるか……? いや、そうしたら状況はより悪くなるだろう。



 そんなことを考えていると、長が口を開いた。




『其の者、近うよれ』




 言われた通り前へ出る。近くで見ると、やはり外見は日本人離れしていた。どこの民族の文化ともつかないエキゾチックな衣装を身に付けている。

 そして、やはり狐のような耳と尻尾がある。触りたい。




 『……ふむ。率直に聞こう。貴様が守護神ヘルヴァンの使いの名を騙る愚者であるか』




 瞬間、長の周囲が-10℃くらい下がったような錯覚を受けた。

 これに「如何にも」なんて答えれば凍殺されそうだ。やだ、あたし怖い。




 『正直に答えれば何もしない。森を出て、二度と戻るな』




 おしっこちびりそう。



 俺が長の言葉に気圧されていると、いつの間にか長の膝上に座っていた守護神が目配せしてきた。

 ……仕方ない。やるか。




 「そうだ、私だ。私こそが守護神ヘルヴァンの命を受け、人の子の里へ降り立った、真なる守護神ヘルヴァンの使いである」




 長が絶対零度の目線で俺を捉える。




 「確かに人の子には信じ難いかもしれない。良かろう、私の力を見せてくれる」




 俺はそう言うと適当に呪文を唱えつつ、こっそりと携帯を操作しフラッシュを焚いた。




 「星々の精霊よ、我に力を授け給え……光あれ!」




 『『『!』』』




 『なっ! これは……!』




 長が眩い閃光に目を眩ませる。その間に、守護神が俺の下へ寄ってきた。




 「やれやれ、神足通も使えないのにこんな奇術が出来るとはね。泉まではボクが誘導するから、どうにか場を持たせてよ?」




 「任せろ」




 小声で答えると、俺は大声で叫んだ。




 「見よ! これこそ我が力! 守護神ヘルヴァンより授かり給うた使者の力なり!」




 『お、長!』




 護衛であろう男が慌てて剣を抜いたが、長が「よい」と止めると戸惑いつつ得物を下げた。




 『守護神ヘルヴァンの使い殿……今までの非礼を詫びる。申し訳無かった。妾の首を差し出すから、どうか、集落の者には危害を加えないでくれぬか』




 「人の子は、誰でも過ちを犯すものだ。私は祈祷によって泉を浄化せよとの命を守護神ヘルヴァンより授かった。それさえ果たせれば、元より危害など与えるつもりもない」




 『寛大な対応に感謝する……この方を外へ!』




 剣を抜かれたときは死を覚悟したが、首を差し出すと言われて逆にこっちが慌ててしまった。

 さて、言われた通り祈祷までの手筈は整ったが……祈祷って何だ?



✿❀❧✿❀❧✿❀❧✿❀❧✿❀❧✿❀




 常識で物を考えても埒が明かない。

 ヤケクソ気味になりながら足を運ぶ内に、とうとう泉まで辿り着いた。




 「それにしても、本当に良いのかい」




 「ああ、俺は一人で祈祷をする。何か文句でも?」




 「うーん……」




 「人選間違えたかな」だの何だの呟く守護神サマを横目に、俺はバックパックに入っていた幣を取り出す。こいつの話を聞く限り、ここの部族の祈祷は通常大人数で行う儀式のようなものらしいが、知ったことではない。

 俺は神職おれのルールで祈祷をする。




 『『『おぉ……』』』




 幣を取り出した瞬間、部族の側から感嘆のため息が漏れた。

 見たところ原始的な生活を営んでいるようだったので、綺麗に成形された加工品は珍しいのだろう。ならまずバックパックに驚けよ。




 『使い殿。腕のある巫師を連れてきました』




 「いらぬ。祈祷は私のみで行う」




 『使い殿。生贄を用意しました』




 「元居た場所に帰してやりなさい」




 『使い殿。生贄の咥えていた呪具はこちらに』




 「……それは後で確認させてくれ」




 腕のある巫師って何だよ。

 しかも生贄と言われて見せられたのがあのイタズラ狐で、呪具と言われたモノは俺の懐中電灯だった。世界って案外狭いのね。




 「では、祈祷を開始する」




 勿論俺はこの部族の作法も、祈祷とやらの様式も知らない。俺に誦めるのは雨宮神社に伝わる祝詞のみである。

 ええい、ままよ!




 「掛巻かけまくかしこ其大神そのおほかみ廣前ひろまへまうさく———」




✿❀❧✿❀❧✿❀❧✿❀❧✿❀❧✿❀




 耳を劈く轟音と共に、ダムの如き勢いで清流が吹き上がる。

 水道水のような弱々しさだった泉が嘘のようだ。



 結果から言えば祈祷は恐らく成功した。正直適当に誤魔化せればそれで良かったからこそ、尚更驚きだ。祈祷グッズを仕舞い込んだ俺は、神様スゲーと思いながら雨神に感謝の言葉を告げる。

 長は感激で涙を流していた。どうやら、この泉が枯れかけていたせいで長年不作続きだったようだ。疑心暗鬼気味だった村民たちもこれで信頼してくれるだろう。




 「あり得ないね。あの小型の術具と巫師たった一人で祈祷なんて、ボクより上位の神格にも出来るかどうか……キミ、本当に人間かい?」




 例の守護神にはドン引かれてしまった。



 ともかく、祈祷が無事に終わったことを祝って、酒盛りをするらしい。

 俺は未成年だし早く帰りたかったのだが、食事だけでもということだった。守護神に聞けば、これも儀式の一環とのことで……一先ず、楽しませてもらうことにした。




 『使い殿による祈祷の成功を祝って……乾杯!』




 『『『乾杯!』』』




 酒盛りは長が音頭を取った。石の樽に木のグラスと、雰囲気はかなり良い。一応村民の人たちに歳を伺ってみたら地元地球じゃ聞いたこともないような年齢の人ばかりだったので、慌てて酒を注ぐ。

 そうして酒盛りを眺めていると、皆漏れなくザルだった。原始文明と侮っていたが、寿命もそうだし、身体的な面では案外耐久力があるのかもしれない。俺が謁見した時は厳粛だった長も、呑んだおかげか丸くなっている。暴れたり叫んだりしないあたり、長も酒には強いのだろう。




 『使い殿があの祈祷を為されたとき、わしゃ感動で涙が溢れそうじゃった……』




 失礼。泣き上戸のようだ。



 そんなこんなでお酌を終わらせると、俺の見回りをしていた村民(ルカさんと言うらしい)に、席へ着くよう促された。お前も食べろということだろう。




 「その食器の使い方は解るかい?」




 「あれは刺して使うんだろ。これは掬って使う。んで、この細長いのは二本ずつ指に挟んでこう持つ」




 「凄いね、全部正解だ。てっきり知らないかと思ってたよ。だってほら、キミ、常識無いから」




 「馬鹿にしてんのか……俺の故郷にもこんな道具があんだよ」




 守護神の煽りをいなしつつ、ルカさんから渡された食器に思いを馳せる。道具は機能が同じだと違う文明から発明されても似たような形に落ち着く……生物学で言う所の収斂進化だったか。こういうのは教授の得意分野だろうなぁと思いつつ、目の前のミートスープに手を合わせた。




 「いただきます」




 スプーン状の食器に鼻を近づけると、獣肉の独特な香りが鼻をくすぐる。そして、口に運べば異国情緒溢れる豊かな味わヴォエ!!!!!!!!!!!




 『……?』




 良かった。ルカさんには怪しまれたが、どうにか表情に出さないよう抑えられたようだ。それに、さっきのも何かの間違いだろう。

 こんな美味そうな見た目をした料理で吐きかけるなんて、俺もどうかしていたな。改めて、いただきまヴォエ!!!!!!!!!!




 「……」




気を取り直しヴォエ!!!!!!!!!!



仏の顔も三度ヴォエ!!!!!!!!!!



この世の全ての食材に感謝を込めヴォエ!!!!!!!!!!




 「ハァ、ハァ……」




 『使い殿、ご気分が悪いので……?』




 「いや、私は大丈夫だ……」




 大丈夫な訳あるか!!!!!!!!!!!!!!!

 折角作っていただいた料理に文句は付けたくないが、敢えて言おう。クソ不味い!

 自然の風味と言えば聞こえは良いが、スープは下味も何も付いていない、ただの肉の茹で汁だった。その肉も下ごしらえがされていないのだろう。とにかく、獣臭が凄い。例えるなら牛糞を口いっぱい詰め込んだような……そんなことしたこと無いけど、とにかく、ひどい味だったのだ。

 しかし、早く食べなければ怪しまれる。これは打つ手無しか……?




 「!」




 その時、俺の頭に天啓が浮かんだ。




 「なぁ守護神ヘルヴァン、俺の荷物取ってきてくれないか……?」




 「ん? 良いけど……何に使うのさ」




 「とにかく頼む……! 俺の命に関わることだ……!」




 「わ、分かったよ……」




 そう言いながら、守護神は裏からバックパックを持って来る。

 村民たちからすればバックパックが独りでに動いているように見えただろうが、精霊の力ということで誤魔化した。




 「マジでありがとう……!」




 「うん……」




 何かまたドン引かれた気がするが、取り敢えず目的のブツは調達できた。

 チャックを開き、中を探ると、早速お目当てのモノを発見した。その名も……




 「よっしゃ! マジシマム!」




 サバイバルの必需品、マジシマム。調理塩と香辛料を組み合わせたスパイスで、どんな料理でもこれさえ掛ければマジシマムの味しかしなくなるという一品だ。




 「普通の料理に使うとマジでマジシマムの味が全部掻き消すからな! 使い道無くて唯一残ってたのがこれだったが、むしろ好都合……!」




 そう、この極悪ミートスープに対抗出来るのは、やはり味の強い調味料。

 その最たる物と言えるマジシマムが入っていたのは、幸運としか言いようがない。



 四連敗中のスープに向けてこいつを念入りに振りかけた俺は、改めて極悪の液体と対峙した。




 「……いただきます」




 不安は残る。あの獣臭さはどう足掻いても並の調味料が消せるような代物じゃない。これで無理なら絶望的と言う他無いだろう。

 しかし、俺はこいつに全てを賭けると決めたのだ……今更躊躇しては男が廃る。

 唾を飲み込み、俺は改めてスープを口に運んだ。




 「……!」




 吐き気が……しない!

 食事の感想としては至極当然過ぎるが、食えるだけでもかなり衝撃だ。そして……




 「う、美味い……!」




 先程の言葉を撤回しよう……食えるどころじゃない、絶品だ!

 癖の強い獣肉の味わいがマジシマムによって中和され、本来の旨味のみが残る。最初に食べた時は臭すぎて気付かなかったが、どうやらこの獣肉、実力は一級品と言える。腐肉のごとく柔らかい肉質にベニテングタケのような旨味。俺は天にも昇る心地だった……褒め言葉だよ?



 その後も、牧草みたいなサラダ、素朴通り越して無味の種無しパン、渋すぎてハエもたからない果物なんかにマジシマムを掛けたが、なんと百発百中。果物ですら渋味とマジシマム味が奇跡の中和を果たし、濃厚な甘味のみが残った。




 「キミ、食べすぎじゃないかい?」




 「お前も食ってみろ! 全料理界に革命が起こるぞ!」




 「うるさいな……バレたらどうす美味ッッッ!?!?!?」




 守護神にも食わせてみれば、「なんだこれ!」と言いながらバクバクと犬食いが止まらない。ようやく顔を上げた時、器は空っぽだった。




 「……ハッ! ボクは一体何を……」




 口周りにスープを垂らしながらポカンとしている守護神の顔は面白かった。

 しかし、ここから事態は急変する。




 『……』




 「あの〜」




 『はッ、はいッ!』




 「……ルカ殿も、食されるか?」




 『!』




 さっきからルカさんが俺の食事風景をガン見している。まぁ、あんだけ奇声上げてりゃ仕方ないな……。

 独り占めというのも悪い気がしてきた。マジシマムはまだまだ残っているし、少しくらいは分けても良いだろう。

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