第2話:草の香りと、Ck Oneの記憶
当時、香水(パフューム)をつける文化は、少なくとも僕の周囲の日本ではほとんどなかった。せいぜい、髪に残るシャンプーの香りか、清涼剤のようなボディスプレーが限度だった気がする。
けれど、アメリカに来てその感覚は一変した。香水は、服と同じくらい“個性”だった。
皆、それぞれにお気に入りの一本を持っていて、朝の支度は香りから始まる。僕も、ご多分に漏れず、影響された。
90年代──Ck Oneが流行っていた頃だ。
あの黒いマットボトルは、ほんの少しだけステータスだった。ユニセックスのその香りは、軽やかで、どこか透明感があった。
泊まりに行った友人の家の洗面所で見つけて、こっそり一吹き借りたりもした。
香りというより、その人の生活や価値観を“身に纏わせてもらう”ような、不思議な感覚だった。
当時、GAPですら香水を出していた。
4種類あった中でも、"Grass"という、ほんのり草の匂いがする香りが特に好きだった。香水なのに、洗いたてのシャツや陽の当たる芝生のような、どこか安心する匂いだった。あれは“香る”というより、“沁みる”香りだったと思う。
香りは不思議だ。
見えないのに、鮮明に記憶に残る。時には、音楽や写真よりも、ふとした瞬間に過去を引き戻す力がある。
あれから随分と時も経った。
今でもアメリカでは、あの“香水文化”は生きているのだろうか。それとも、あれは時代の一過性の熱に過ぎなかったのか。
……たぶん、答えなんて、どうでもいいのだ。
草の香りも、Ck Oneも、僕のなかでは、今もちゃんと香っている。
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