9.君を離さない

鹿沼と話しながら歩いていると、いつの間にか山頂に着いていた。登ってる間に随分、鹿沼のことを知れた気がする。


ちょくちょく、塩谷が後ろを振り返ってジト目をしていたのは謎だったが。


「いやー、やっと着いたね。」


「せっかくだし、お参りしていこうよ。」


「そうだな。」


4人でお参りをし、境内を見て回る。社務所に行き、4人でおみくじを引いたら、鹿沼と茂木が小吉で俺は吉、塩谷が大吉だった。


塩谷が喜び過ぎて、暴れ狂っていたのでちょっと距離を取っておいた。



少し辺りを見て回っていると、偶然人気のない展望スポットを見つけた。簡易的な木の柵がつけられており、その先は少しの岩垣と美しい海だ。俺は手を広げ、春の暖かな潮風を全身に感じる。深呼吸をして、潮の香りを吸い込む。


体が洗い流されるような感覚は、俺の心にちょっぴり沁みる。


この展望スポットは、花園のようなものも隣接していて、様々な花が顔を見せている。塩谷が、SNS用の写真をと俺達を半ば強制的に写真に写り込ませた。


文句を言いながらも、口元には笑みを浮かべる鹿沼。


茂木も、最初こそ不服そうにしていたものの、途中から慣れたのか、諦めたのか分からないが、心なしか楽しそうな表情を見せている。


俺は、ここに混ざっていいのだろうか。ふと、何の脈絡もなく、考えてしまう。あんなことをした俺が楽しむなんてことをしてもいいのだろうか。意味のない自問自答を繰り返す。


いつも、楽しんでいる俺を別の自分が離れた所で俯瞰している。そして、「なんで、あんなことをしたお前が楽しんでいる。」と冷たく言ってくる。彼女は、笑えなかったのに、と。


過ぎたるは及ばざるが如し、過去なんて考えたところで意味なんてないのかもしれない。


でも、意味のない自問自答を繰り返した俺には分かる。俺はあの選択に彼女を傷つけたことの他に、別の意味を見出したいだけなのだ。


これは自己満足だ。結局自分が楽になろうとしている。クズと言われても反論するつもりはない。それが本当の俺だから。


俺の自己嫌悪が一層深まろうとした時だ。



それは、一つの手によって遮られた。




彼女が…塩谷が俺の右手を掴んでいた。



「さあさあ早く行くよ。まだまだ、SNS用の写真を撮らないといけないんだから!」



そう言ってグイッと引っ張ってくる。強引だった。顔を下に向けようとするも、彼女がそれを許さない。手を握る力が強まると、塩谷は不意に言う。


「いつか……いや、…待ってるから。」


主語はなくとも、はっきりと言っていた。

気を使ってくれているのだろうか。ただ、暗そうにしていたからというわけではないのだろう。

薄々気づいているのだろうか。


何があったかは分からないまでも、暗い過去があったということを。もしそうなら、俺は打ち明けるべきなんだろうか。


嬉しさが湧き上がる。なぜか、こいつには逆らえない。部活に入るときも、今こうして過去のことを話してもいいと思ってしまうことも。


分かっている。都合が良すぎるんだってことは。牽強付会という言葉が、今の俺には相応しいことくらい。



今すぐ、彼女の手を振りほどくのが俺のすべき事だって、分かってる。これ以上、俺の醜い部分を見せてはいけない。


自身の思考とは裏腹に、俺は彼女の手を決して振りほどかなかった。





深く深く吸い込んだ潮風は、もう暗い気持ちを洗い流してくれるだけだった。








このまま展望台まで行こうと塩谷が言ったが、俺含め3人の腹が空いていたため、ゴネる塩谷を説得して、なんとか下山することができた。



下山中、ずっと不服そうな表情をしていた塩谷も、

降りた頃にはすっかり機嫌の治っていた。鳥居を出た所で、塩谷が皆に聞く。


「さーて、何食べよっか!」


「タコせんべい。」


「ピザ。」


「しらすコロッケ。」


俺、鹿沼、茂木で見事に別れた。まあ、時間もあるので1個ずつ食べていくことになった。


まずはタコせんべい。


パリパリとした食感と海鮮の香ばしい香り。生地に含まれた出汁の塩梅も丁度よく、すべてが噛み合っている。


鹿沼希望のピザは、ミニサイズで手に持てるくらいの大きさだ。俺はマルゲリータを注文した。バジルの香りとトマトの酸味が相まってめっちゃうまかった。


茂木のしらすコロッケは、食べると中からしらすが溢れてきてちょっと食べにくかったが、しらすの香りと旨味を存分に感じることが出来た。


塩谷は、俺たちが色々食べている間に神速の如き速さで店を往来し、食べて食べてを繰り返していた。よほど腹が減っていたのだろう。俺たちが食べ終わった後も、暫く食べるのをやめなかった。


怒るとお腹減るっていうよね。





塩谷に付き合っていたら、いつの間にか夕方になっていた。もう一度江ノ島の山を登ろうにも、流石に体が限界なので、する事もなくなった俺達は帰ることにした。


行きの電車は別だったが、帰りは同じだ。4人で並んで座席に座る。夕陽に染まる空は、幻想的でなんとなく、清少納言の枕草子を思い出してしまう。


山登りに疲れた俺は駅に着くまでの間、夢の中を冒険するのであった。








次の日はいつも通り学校だ。休みにしてくれたらと誰もが思うだろうが、それを許してくれないのが社会というものらしい。


その日も代わり映えのない光景が続き、ようやく放課後になる。5時間目から午後の退屈さに耐えかねた俺は、授業をスキップしいつの間にかホームルームもスキップしてしまっていたようだ。






俺は、心なしか軽やかな足取りで部室に着き、ドアを開ける。



そこには、いつも見慣れた2人と、見慣れない訳では無いが見慣れない。動揺しすぎて何を言っているか分からないが、そこには居たのだ。


身長は180cmを超え、金髪とピアスが特徴的な俺のよく知る人物。





茂木孝太郎が。



「よっ。今日から俺も部員なんだ、よろしくな。」


また、俺の知らない所で勝手に話が進んでいる。

と俺はため息をつくのだった。








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