8.確かに触れたその心を

高校1年生の4月末は、大体遠足に行くものだ。恐らく、入学したての1年生が打ち解けて、より親密な関係になるのを手助けするためだろう。


もっとも、友達を作る気がない人間にとっては要らないと言わざるを得ない。だが、遠足である以上班で行動が原則である。すなわち、俺は取り残されていた。


真岡さんが来た翌日、5時間目の総合の時間で遠足の班決めが行われた。先生が開始を告げるやいなや、ほとんどの生徒が席を立ち友達のもとに向かっていった。


その中で席を立たない生徒はほんの数人。かくいう俺もその一人なのである。


別に、誰かが誘ってくれるとかそんな幻想は抱いていない。ただ、班が決まらないという事態は起こらない筈なので時間の流れに身を任せているだけなのだ。


したがって、俺は断じて話しかける人間が居ないというわけではない。そう信じている。

そう、結論づけていると…。


「なあ。」


突然肩を掴まれ、俺は体をビクッとさせる。


「うぇ、ど、とうしましたか。」


びっくりして変な声出た。


顔を上げると、俺の肩を掴んだ正体はいつも一人でいるヤンキーみたいな人だった。これ、もしかしてカツアゲってやつ?


「ちげーよ。俺はカツアゲなんかやったことない。」


「え、バレてる。」


まさかのエスパー?


「それよりお前、班組むやついんの?」


「いや、居ないけど……。」


「じゃあ俺と組もうぜ。」


ん……これって誘われてるのか?

少し考えようとするが、鋭い眼光が俺を捉えている。あ、無理なやつや。


「あ、え…わ、わかった。」


思わず了承してしまった。いや、圧がすごい。金髪でピアスをしていて、身長も高い。恐らく180cmは越えている。


俺、この人と一緒に行くことになっちゃったけど大丈夫なのか?まあ、決まらないでどっかの仲良し班に割り振られるよりはよっぽどいいけどさ。

でも、班の人数は最低3人だしどうすんのかな。


残りの一人について考えていると、突然目の前にポニーテールが特徴の見慣れた顔が出てくる。


「へーい!矢坂くん元気?」


「おお、元気だけど。塩谷はなんでこっちに?」


「班、まだ作ってないでしょ?私達と一緒に組もうよ。」


こいつ目立つな。現に、クラスのやつらがこっちを見てる。


「なんで人気者が俺のところに…。」


俺は内心ため息をつく。


「そりゃあ同じ部活仲間だし。」


そう言ってニコっと笑う塩谷。てか、今私達って言わなかったか?


「こんにちは、矢坂くん。」


「え、鹿沼?なんでここに…。」


「私、貴方と同じクラスなのだけど。」


不満そうに目を細める鹿沼。え、ていうか同じクラスだったのか。あまりに周りを見なさすぎて知らなかった。なら、廊下で初めて会ったときも向こうは俺のことを知っていたのか。


なら、塩谷が話をあんなに話せてたのも納得がいく。


だが、俺にはこのヤンキーくんが既に……


「もしかして、茂木くんって矢坂くんと班組んでる?」


「ああ。ただ、人数が足りないから困ってたんだ。お前らさえ良ければ俺も組ませてもらえないか。」


「もちろんだよ!いいよね葵?」


「ええ、よろしく茂木くん。」


あるえ?また、俺の知らないところで勝手に話が進んでる。


「よし!遠足はこのメンバーで決定!」



というわけで俺、塩谷、鹿沼、それと新メンバーの茂木孝太郎もぎこうたろうの4人で行くことが決まった。

よもやよもやだ。こんな簡単に班が決まるなんて。


まあ、無事に決まって何よりだ。


不安の種がなくなった俺は、残り時間を安心して睡眠に費やすのだった。







時刻は午前8時54分。俺は今、電車に乗っている。もちろん休日というわけではない。今日は遠足当日なのである。


俺たちの班の目的地は江の島だ。平日ということもあり、江ノ島に向かう人は少ないように思える。


見慣れない景色をぼんやりと見つめていると、不意に肩を叩かれる。


「次、降りるぞ。」


声の主は茂木。班を組むと言った日から、なんとなく絡むようになった。不用意に話しかけてこないので、俺としても非常にやりやすい。俺は、「おう。」と短く返事をし、席を立つ。





駅について、改札をでる。前に目をやると、2人は既に待っていた。


周りの視線を集める2人は溢れんばかりのオーラを放っていた。


水色のタートルネックセーターにチェック柄のワイドパンツを着ていて、いつものポニーテールはなく、普段と違う大人っぽいコーデをした塩谷。


鹿沼の服はオーバオールのカーディガン。ズボンは、ワイドデニム。肘あたりにボストンバッグをかけており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


なんか、俺場違いじゃないか?


「やっほー。矢坂くんに茂木くんも!」


「こんにちは。」


「「おう。」」


挨拶が被るとは。やはり茂木とは相性がいいのかもしれない。


「全員そろったし、レッツゴー!」







駅にしては荘厳な雰囲気を醸し出ている、片瀬江ノ島駅を出て橋を渡る。


今日の天気は快晴だ。海の水面が水光すいこうに照らされあまりの眩しさに思わず目を細める。


前を女子2人が歩き、その後ろに俺たちが続く。前の2人は楽しそうに話してるが、俺たちは対照的に個人で景色を楽しんだりしている。


江ノ島に着くと塩谷が俺達の方を振り返る。


「まず、どこ行こっか?」 


「神社の方か、商店街を回るかということね。」


「まあ、先に神社で良いんじゃないか?商店街は昼の時でもいいだろ。」


「よし、じゃあ行こっか。目指せテッペン!」





というわけで、俺達は神社を目指して歩き始める。


春とはいえ、坂が多いのでそれなりに汗をかいてしまう。休憩がてら、海が綺麗に見えるベンチで写真を撮ったりした。


途中で茂木と鹿沼が入れ替わる。


塩谷が茂木にマシンガントークを仕掛けていて、茂木が困惑している。やられたらたまったもんじゃないが、見る分には面白い。


俺達は特に喋る事もないが、せっかくの機会なので疑問に思ってたことを聞いてみる。


「なあ、鹿沼ってどうして部室でハムスター飼ってほしいなんて条件を出したんだ?」


「私の家ではハムスターが飼えないのよ。」


ハムスター好きなのだけどね、と付け足す鹿沼。


「あー、マンションだからか?」


「いえ、一軒家よ。両親がペットとか駄目って言っててね。でも、どうしても飼ってみたかったの。だから条件に出したのよ。」


「ほーん。厳しい家なんだな。」


「まあ、…他の家よりは厳しいと思うわ。」


そう言って、顔を暗くする鹿沼。どうやら家族の話題は触れないほうが良さそうだ。


「あー、そういえば鹿沼って趣味とかあんのか?」


気を紛らわせるために質問したが、あからさまに話題をズラしてしまった。


「…休日はカフェに行って本を読むわね。」


ほう………。


「奇遇だな。俺も本はよく読む。」


「あら、気が合うわね。」


少しの沈黙のあと、鹿沼は口を開く。


「えっと……。なら……放課後、一緒に…どうかしら。」


「え。」


これは、デートのお誘いってやつなのか?いや、ないな。そんな事あるわけない。第一、俺が好かれる要素はないだろ。


「部活あるんじゃないか?」


俺は雀の涙程度の抵抗をしてみる。


「依頼がなければ休みにすればいいわ。」


待て待て。部活を週5って条件だしてたよな?待てよ…………そうか。なんとなくわかった。だとするなら、誘いに乗った方がいいか。


「頑固だな。」


「女子というのは、頑固なものよ。」


ふふっ、っと軽く笑みを浮かべる。


「そうだな。じゃあ、依頼がない日なら。」


「ええ、楽しみにしてるわ。」


そう言って鹿沼は口に弧を描いた。





初めて見たその表情に、俺は不覚にも見惚れてしまった。











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