7.女子の大丈夫は大丈夫じゃない
「……くん。……かくん…矢坂くん!」
「うわっ!…なんだ?」
「そろそろ10時になるから、校庭行くよ!」
「……ああ、そうか、分かった。」
どうやら寝不足だったこともあり、いつの間にか寝てしまっていたようだ。眠い目をこすり、正常に働いてない体を叩き起こす。
教室から出ると、4月の肌寒い空気が一気に押し寄せる。日中は暖かくなってきたとはいえ、まだ夜には冬の顔が覗いている。
西校舎から東校舎の間には中庭があり、その中庭を経由して、そのまま校庭へ向かう。空を見上げるとそこには、真っ黒なキャンパスに煌く小石がポツリポツリと置かれている。
どれも同じように見えて、でも確かに違った光が、満月と共に夜の暗がりを明るく照らしていた。
校庭に着くが、今のところそれらしい影は見当たらない。やはり幽霊なのではないか、そんな思考が頭をよぎり、俺は頭を振って離散させる。
「全然見当たらないねー。」
塩谷は、そう言ってどこからか取り出したアンパンと牛乳を食べ始める。なるほど、張り込みのお供というわけか。
塩谷の発言に鹿沼が考える様な素振りを見せたあと、鹿沼が言う。
「……ここは手分けして探しましょう。」
「手分けをするって?」
塩谷が尋ねる。
「もしかしたら、校庭の周辺にいるかもしれないわ。校庭に隣接しているテニスコート周辺や体育倉庫なども探しましょう。」
「なるほど〜。それで手分けってことね。オッケー、じゃあ私は体育倉庫周辺を探すよ。」
「じゃあ私はテニスコート周辺を、……矢坂くんはここで待機。怪しい人影が見えたら、すぐに私たちを呼んで。」
「了解、気おつけてな。」
「まっかせてよ~!」
「貴方もね。」
「あ、二人にもアンパンと牛乳渡しとくね!」
2人分のアンパンと牛乳を俺たちに渡してくる。
「それじゃあね〜!」
そう言って、先程の場所にそれぞれ向かっていく。俺はここで待機と言われたので、時折2人の方に視線をやりつつ、校庭を観察する。
こうしてると中々に暇だ。はて、どうしたものか。
とりあえず、昼寝をしたらお腹が空いたので塩谷から貰ったアンパンと牛乳を食べることにする。
口の中で、餡の甘さが広がる。それを牛乳で洗い流す。うん、美味い。この組み合わせには、ちゃんとした意味があるみたいだ。
しばらくもしゃもしゃしていると、不意に校庭から音がして、俺は目を向ける。………あれ、なんか人影あるくね。ていうか、ほんとにいるじゃん。
俺は、すぐに2人に電話をかける。
「うわ〜、ほんとにいる。あれ幽霊たったらどうする?」
「幽霊なんて居るわけがないじゃない、常識的に考えて。」
「とりあえず、あれが依頼された人影なら正体をはっきりさせないとな。」
俺たちは走っている人影に向けて、歩を進める。
近づくにつれ、ザッザッザッという音が耳に響く。それに応じて心臓の鼓動が速まる。暗闇でもはっきり視認できるくらいまで近づくと、向こうも気付いたのか顔をこちらに向けてくる。
よく分からないがおそらく人間だ。多分人間。うん、そうだと信じてる。
お互いに
「あの〜、すみません。最近この時間、よく校庭を走ってますよね?」
数秒の沈黙のあと、件の人物は口を開ける。
「ああ、すまない。」
「いえ、というかなぜここを走っているんですか?」
「おれさ、ここの学校の卒業生でさ。懐かしくて、走りに来ちゃったんだよね。」
来ちゃったんだよね、じゃないんだよ。ふつーに不法侵入だからな。てか、生きてる人間でよかったー。
「なんてお名前なんですか?」
「真岡竹次《まおかたけつぐ》だ。この学校を卒業してもう三年になるな。」
「てことは、今大学生ですか?」
塩谷が訊く。
「ああ、……先日さ、付き合ってた彼女に振られたんだ。」
唐突な別れ話に俺たちは戸惑うことしかできなかった。え、なんだ?藪から棒すぎて鹿沼なんかスマホの電話アプリで110を押してるぞ。
「その彼女はさ、俺が高校時代から付き合ってた彼女なんだよね。当時は陸上部に2人で所属しててさ、……懐かしいな〜。今でも昨日のことのように思い出せる。」
なるほどなるほど。つまり、あれだ。付き合ってた彼女との懐かしい思い出が彼をここに呼んだと。んー、事案だよ。警察だねこれ。
「どうして振られたんですか?」
塩谷って居ると便利。俺たちが何も話さなくても勝手に話を進めてくれる。
「他に好きな人ができたんだってさ。ははっ、自分が情けないよ。」
「…そのとき、彼女さんはどんな顔をしてましたか?」
鹿沼が初めて口を開く。
「泣きながら笑ってたよ。余程俺と別れられたのが嬉しかったんだろうな。」
「……彼女さんとちゃんと、話をしたほうがいいと思います。」
「え、なんで?」
「それくらい自分で考えてください。」
「辛辣だなぁ君。」
そう言って笑う真岡さん。……なるほどな。鹿沼の言いたい事が分かった気がする。
確認するために俺は、真岡さんに訊く。
「真岡さん、別れる直前になにか不自然な事はありませんでしたか?」
「えーっと、……毎年行ってた旅行に彼女が行きたがらなかったとかかな。」
「他には?」
「彼女がお家デートがいいって言ってきたことが多かったことくらいか?」
……どうやら推測は間違ってなさそうだ。
「真岡さん、今すぐに彼女さんに連絡を取ってください。」
「いや、もう俺の彼女じゃ「いいから早く!」わ、わかった。」
電話をかける真岡さん。俺と鹿沼は目で意思疎通をする。塩谷は何が何だか分かっていない様子だ。
電話が終わったのか真岡さんがこちらに寄ってくる。
「俺、彼女に会ってくる。皆ありがとう、俺ちゃんと話してくる。皆また明日!」
言うやいなや、走って校庭をあとにする真岡さん。すげえな、やっぱり陸上部は伊達じゃない。
「ねえねえ、どういうことなの?」
「それは、明日真岡さんから聞いたほうが良いんじゃないか?」
「?」
翌日、真岡さんはまた同じ時間に校庭にいた。話を聞いたところ俺たちの推測通り、彼女さんは重い病を患っていたようだ。治る見込みが少なかった故に真岡さんを突き放したそうだ。真岡さん結構鈍感なんだな。
彼女さんは元陸上部ということから体力はあったはずだ。そんな彼女が旅行を断ったり、家でのデートを増やしたりしていたのは考えられる可能性のなかで、病が最も高かった。
よくある話といえばそうだが、実際に目の当たりにすると、やりきれない気持ちになる。なぜ気づかなかったとか、真岡さんが悪い訳では無いが責めたい気持ちが少なからず湧き上がってくる。
知ってる。こんなの八つ当たりに過ぎないって。鈍感故に選択を間違えてしまった真岡さんが、過去の自分と重なって見えたんだ。真岡さんはもっと彼女の心の機微に目を向けるべきだった。
今更こんなこと言って仕方ないし、それは自分にも刺さる言葉だ。
ああ、クソ。この気持ちは、正しくないって分かっているのに。
2人が真岡さんの話を神妙な顔で聞く中、俺は一人自己嫌悪に陥るのだった。
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