胎内の音を編集してはいけない
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『3 胎内の音を編集してはいけない』
(口調が変わる。無機質で抑揚のない声)
「ある男がいた」
「彼の夢は、子どもを持つことだった。だから妻の妊娠がわかった時、男は心底喜んだという」
「男はその日から、子どもが生まれるまでの記録をつけ始めた」
「エコー写真と日付。赤ちゃんの状態を書き留めることは、男にとってこの上ない喜びだった」
「やがて男は、録音用の聴診器を買って、胎児の音までも録り始めた」
「これは、『命の音だ』と男は言った」
「男は毎日、決まった時間に音を録った。心音、母体の血流、胎動の小さな音」
「そして、男はそれらを編集して、ひとつの曲を作った」
「静かな、ゆっくりと流れるような──胎内交響曲」
「男は、それをヘッドホンで何度も聴いた。子どもの誕生まで毎日、毎日……」
「しかし……残念ながら、その子どもがこの世に生まれることはなかった」
「男は、現実を受け入れられなかった。毎晩、編集した音楽を聴きながら、笑ったり、泣いたりしていたという」
「そしてある日──男は、集団下校中の小学生の列に、車で突っ込んだ」
//SE 鈍い衝突音
「その後男は、警察の取り調べに対して、こう言った」
『僕はただ、蟻の列を踏み潰しただけだよ』
//SE 小さな圧壊の音
//SE ページを閉じる音
(口調が戻る)
「……彼はきっと、子どもに戻ってしまったんだね」
「共感とか倫理とか、そういうものをまだ持ってなかった頃の自分に……」
「それは、たぶん──誰の心の中にも眠ってる。きみにも、わたしにも」
「生きることも、死ぬことも、まだ区別がついてなかった頃の、遠い日の記憶……」
(息を吐くように)
「きみは、そんな場所まで、戻りたいって思う?」
(微笑んで)
「……続きは、明日にしよっか?」
「今日は、ちょっと冷えすぎたし──これ以上読むと、夢見が悪くなりそう」
(立ち上がる音)
//SE ベンチが軋む音、制服の布が揺れる音
「じゃあ、また明日ね」
「……次は、あっちの図書館の裏とかどう?」
「静かで、人もいないから──きみと話すには、ちょうどいい」
「……約束だからね、来なかったら、呪うよ?」
//SE 遠ざかる足音
//SE 鳥が羽ばたく音と、遠くのチャイムの音
//SE 風の音、木の葉のざわめき、図書館の閉館を告げる館内放送
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