その周波数を聴いてはいけない

//SE ページをめくる音


『2 その周波数を聴いてはいけない』


(口調が変わる。無機質で抑揚のない声)


「この世界には、誰にも使われていない周波数が存在する。それはどの国の通信帯にも属さず、明確な割り当てもない。だが、『そこ』には、常に何かの音が流れている。たとえ、聞くことができなくても……」


「昭和のはじめの頃の話。ある男はそれを、『異星人との交信用の帯域』だと思い込んだ」


「なぜそう思ったのか、定かではない」


「男の住む山村の近くには、当時としては異様に大きな電波塔があったという。彼は、夜な夜な山に登り、その塔の根元で耳を澄ませていた」


「だが、何も──聞こえなかった」


「それもそのはず、その周波数は人間の耳には知覚できない音だったからだ」


「しかし、男はそれでも通い続けた。そしてある日、こう言った」


『応答は、あった。……だが、何を言われたのか、理解できなかった』──と」


「その数日後、男は狂ったように村人を襲撃し、ほぼ全員を殺害。最期は、自ら命を絶った」


//SE 人々の叫び声


「犠牲になった村人の数は三十人あまり。昭和最大の大量殺人として記録されたこの事件の動機は──今なお、解明されていない」


(少しの間)


(咲の口調が戻ってくる。ひと息つく)


「ふぅ……まさかあの事件のこととはね」


「実際に周波数は特定の人にしか聞こえないものもあるし、場合によっては頭痛や吐き気をもよおすこともあるの」


「え?その周波数の帯域?」


「もちろん、公式には何も発信されてないことになってる」


(囁くように)


「ただ……その周波数はたとえ流れていても何も聴こえない。だから、もしかしたら、今もどこかで……」


//SE 耳鳴りのような高周波ノイズが微かに入る

//SE 音量は小さく、少しだけ左右に揺れるようなパンニング演出


「……ねえ、今、聞こえた?」


(近づくように)


「気のせいだったなら、いいけど──」


//SE ページを閉じる音


「……ふふっ、二つ目終了。さて、次はもう少し、優しい話だといいね」


//SE 風に揺れる木の音、鳥の帰巣、遠くに部活の声

//SE ベンチに座る音、制服の擦れる音


「……ねえ、今日ちょっと風、涼しくない?」

「こういうとき、秋の匂いっていうか──季節が切り替わる感じ、わかる?」


(間)


「わたしね、昔からこの校舎の裏の雰囲気、好きだったんだ。空の色がよく見えて、放課後になると、まるで世界が静かになるみたいで──」


(空を見上げて)


「……懐かしいなあ。前はきみとよくここに来てたよね?」


「え?覚えてない?」


(少し沈黙)


「そっかあ……ま、人の記憶は曖昧だからね」


「ねえ……人って、どこまで戻れると思う?」

「記憶じゃなくて、もっと──心の奥の深い場所まで」


(間)

(少し笑って)

「ま、いっか。じゃ、次行くよー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る