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「そして、美悠は、自分が表舞台に立つつもりはもうないけれども、芸能人、なかでも自分がやっていたアイドルの、後輩を応援する気持ちはあり、作詞に興味があることも知っていたから、お願いすることにしたんだ。今もレジェンド的な扱いをされている姉の初めての作詞の作品だから、すごく話題になるだろう。きみたちはデビューから注目され、わずかな苦労もしないまま売れ続けるという経過をたどることも十分に起こり得る。ただ、そうなると天狗になってしまいかねない。その点も考慮して、オーディションでは性格も重要視していたが、真面目で善い人間でも過剰にチヤホヤされて変わってしまうケースだってある。ゆえに、最初に何も教えずに自分たちでファンを獲得しろという無茶振りをしたのは、きみたちに下積みの苦労を経験させるためだったんだよ。言われた通りにできるかという結果は問題じゃなかったんだ」

「ええ!」

 どうりで……。おかしいと思った。

 そういうことだったのかと、私と理恵ちゃんは三たび、びっくりした表情で顔を見合わせた。

「あの」

 すると、葵ちゃんが青山さんに向かって口を開いた。

「私たち今、引きこもりのコたちに少しでも元気になってもらえるように、家を訪問して歌を歌ってあげているんですけど、それは続けていいんでしょうか?」

「何だ、今度はそんなことを始めたのか。またトラブルになったりしてないだろうな? もういいぞ、やらなくて」

 え?

「いえ、あの、私たちはぜひともそれをやり続けたいんですけど、構わないんでしょうか?」

 今度は理恵ちゃんが尋ねた。

「やりたい?」

 青山さんは理解できないという顔つきだ。

「いや、そう言われてもだな、今、話したように、きみたちはもうすぐデビューで、『ヴォイス』はすでに話題になっているうえに、デビュー曲の作詞が美悠ってことでさらに注目されて、歌番組の出演や取材の依頼がたくさん舞い込み、忙しくてそれどころじゃなくなるのは確実だから、無理だ」

「それなら——」

 私は、葵ちゃんと理恵ちゃんと目を合わせた。二人も同じ気持ちのようだ。

「そんな恵まれたデビューにしていただかなくて結構です。そもそも、ぱっとしない私たちには不釣り合いな話で、実際に注目されても、すぐにメッキがはがれる予感がしますし。セルフプロデュースなんですから、どうやるかは私たちが決めていいんですよね?」

「ええ?」

 青山さんは驚いて顔をゆがめた。

「あ、今日、急遽呼ばれてここに来ましたけど、いつもこの時間は許可されてるところで行っている路上ライブの地に向かっているので、これから行こうと思います。少ないですが、毎回足を運んでくれる人たちがいますし、その後は引きこもりのコを元気づけるなど役に立てる場所を探します。ね? 葵ちゃん、理恵ちゃん」

「はい!」

 二人は同時に、迷いのない、大きな声で返事をした。

「じゃあ、すみません」

 私たちは青山さんに頭を下げて、部屋から出ていこうとした。

「おい、ちょっと待て! 美悠が作詞のデビュー曲はどうするんだ? それ以前に、デビュー自体、する気があるのか?」

「考えておきますよ。とにかく、私たちは必要として喜んでくれる人たちのために歌を歌います。それが最優先です」

 私たち知ってしまったのだ。アイドルとして真にやるべきこと、そして、その幸せを。

 私は二人にまた声をかけた。

「行こう!」

「はい!」

「はい!」



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