第39話 勇者の秘密と扉の呪文

 一行を乗せた馬車は、ついに魔王領の最深部、空を突くような大きさを誇る「魔王城」の目前へと辿り着いた。


 レイリアは、怨念の渦巻くおどろおどろしい岩山のような佇まいを想像していたが、目の前に現れたのは、古めかしくはあるものの、息を呑むほど荘厳で美しき漆黒の古城だった。


「ようやく魔王城だ! ここまでの道のりは長く険しかった……。しかし、騎士王の血を引きし私と、その友である勇者イアン、それに何より、献身的なレイリアのおかげでここまで来られた! もちろん、スージーやゼルリナのおかげもある! さあ、いよいよ最後の仕上げだ! 皆、気を引き締めてかかるように!」


 これまでの苦労をすっかり忘れ、まるで凱旋パレードの途中のように浮かれるライナス。その傍らで、ゼルリナもまた頬を上気させ、ライナスの腕に絡みついた。


「ライナス様ぁ! もうすぐですわね! 魔王を倒し、わたくしたちが『真実の愛』のもとに永遠に結ばれる日は!」


 抱きつくゼルリナにデレデレと鼻の下を伸ばすライナスを、レイリアは冷ややかな瞳で見下ろしていた。同時に、彼女の鋭い勘が周囲の異様な静寂を捉えていた。


(おかしいわ。仮にも魔族の本拠地、その正面玄関だというのに……。見張りどころか、使い魔の一匹すら見当たらないなんて……。まるで、誰かが道を開けて待っているようだわ)


「それにしても、威圧感のある門だな。これは一体どうすれば開くのか……。イアン、お前の力でこの扉を斬り開くことはできそうか?」

「いや……さすがにこの門は俺の力でも無理だろう。デカすぎる」


 イアンが頭を振るのを見ながら、ライナスが巨大な城門を前に「うーん」と唸りながら腕を組んで悩んでいると、ゼルリナが軽やかなステップで門の前に躍り出た。


「ライナス様。わたくし、実はこの門を開ける呪文を知っておりますの」

「な、何だと……? どういうことだ、ゼルリナ。なぜそなたが魔王城の門を開ける呪文を?」


 驚き、目を丸くするライナスに、ゼルリナは唇に指を当てて「うふふ」と妖艶に微笑んだ。


「皆様。魔王城に入る前に、わたくしのお話を聞いてくださらないかしら」


 ゼルリナは、それまでの甘ったるい声音を少しだけ潜め、怪しげな瞳で真っ直ぐにレイリアを見据えた。


「勇者とは何なのか……。皆様は本当の意味で、それを分かっておられますか?」

「何を今さら。天啓を授かり、神に選ばれし聖なる戦士のことでしょう?」


 レイリアは、以前イアンから聞いた話を思い出しながらゼルリナに答える。イアンもゼルリナの目を見ながら「それであってるはずだ」と頷きながら答える。しかし、ゼルリナはさも可笑しそうに肩を揺らした。


「さすがレイリア様! 教科書通りの回答ですわね! でも、それでは何も理解していないのと変わりませんわ」


 蔑むような、そしてどこか哀れむような視線がレイリアを射抜く。


「勇者とは、すなわち神に選ばれし『清浄なる魂』を持つ者。その魂が放つ銀色のきらめきだけが、不老不死である魔王の魂を真の意味で滅することができる……唯一の裁きなのですわ!」

「……不老不死? 魂を滅する? そんな話、どの文献にも記されていなかったわ。ゼルリナ姫、貴女は一体どこでその知識を……」

「ですから!」


 レイリアの追求を強引に遮り、ゼルリナはイアンを一心に見つめた。


「イアン様。魔王に引導を渡せるのは、貴方様の銀色の閃光のみ。それ以外の剣や魔法では、奴に傷を与えることはできても、終わらせることはできません。……どうぞ、お忘れなきよう」


 そう言い残すと、ゼルリナは巨大な門に向かって、歌うような不可解な響きの呪文を唱え始めた。

 一拍おいて、城全体が震えるような地鳴りが響き、ゴゴゴゴゴォ……という音を立てて巨大な城門がひとりでに開いていく。


「こ、これは……どうなっているのだ、ゼルリナ!?」

「そうですわね。魔王に捕まってここに連れてこられた時に、魔族の方々が扉を開けているのを盗み見て覚えていただけですわ。何も怪しいことなんてございませんのよ?」


 そう言って小首をかしげるゼルリナ。あまりに無理のある言い訳だったが、開いた扉の奥から溢れる冷気に気圧され、レイリアもそれ以上の追及を忘れてしまった。


 城内は死の国のように静まり返っていた。レイリアが警戒していた伏兵も、罠も、アリの子一匹見当たらない。


 そんな城内を、ゼルリナだけが、まるで自分の庭を散歩するかのように楽しげな足取りで先頭を歩く。その様子は、道を知っているどころか、城そのものに歓迎されているようでもあった。


「こちらですわ、ライナス様!」


 廊下の角を曲がり、迷うことなく階段を駆け上がり、一行はついに最上階の重厚な大扉の前へと辿り着いた。


 ゼルリナはくるりと振り向き、満足げな、それでいてどこか残酷な期待を込めた笑みを浮かべて言った。


「この扉の向こうに、魔王がいますわ。……さあ、愛の物語を始めましょう!」

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