第40話 守護の檻、解放された災厄
魔王の間の巨大な扉を前に、ゼルリナはうっとりと扉を見つめていた。
しかし、その背後でレイリアとスージーが静かに視線を交わし、スージーが懐から「それ」を取り出したことに、ゼルリナは気づいていない。
「ゼルリナ様」
レイリアの透き通るような声が、冷たい廊下に響いた。
「ここから先は、魔王の力が渦巻く戦場となります。戦う術を持たぬ貴女を連れて行くことは、ライナス様の心を乱し、皆を危険に追いやるも同然ですわ」
「……え? レイリア様、何を仰って――」
ゼルリナが怪訝そうに振り返った瞬間だった。
スージーの手の中にあった、複雑な魔導回路が刻まれた虹色のクリスタル――スージーの虎の子、旅立ちの時からもしもの時のために隠し持っていた『隔離結晶』が、激しい光を放った。
「スージー!」
「了解です。……展開!!」
スージーが結晶を地面に叩きつけると、ゼルリナの足元から幾筋もの光の鎖が這い上がり、一瞬にして彼女の周囲に不可視の断絶壁を作り上げた。
「な、なんですのこれ!? 出しなさい! 今すぐ出しなさいレイリア!!」
ゼルリナが結界を叩くが、隔離結晶による高密度の結界は揺るぎもしない。
「これは貴女を守るための檻ですわ、ゼルリナ様。……さあ、ライナス様、イアン様。行きましょう。この結界は並大抵の衝撃では壊れません。ゼルリナ様はここで魔王戦が終わるまで待機していただくのが最も安全ですわ」
レイリアの有無を言わさぬ強い決意に、ライナスは圧倒され、「あ、あぁ……そうだな。確かに魔王との戦いは危険を伴うだろう。レイリアの言う通りだ! ゼルリナ、申し訳ないがここで私の勝利を待っていてくれ!」と言い残し、そのまま魔王の間の扉を押し開けた。
「待って! 行かないでライナス様! わたくしがいないと、あの魔王は――!!」
ゼルリナの悲鳴のような叫びは、重厚な扉が閉まる音にかき消された。
扉の向こう、魔王の間に足を踏み入れた一行を待っていたのは、玉座に座る漆黒の影だった。
その影から溢れ出す魔力は、これまでの旅で遭遇したどんな魔物とも比較にならないほどに凶悪で、巨大だった。
ライナスは気圧されまいと一歩前に歩み出て、名乗りを上げる。
「私はランドール王国の王子、ライナス・ランドール! 貴様が魔王か!?」
漆黒の影は玉座に座ったまま、ライナスの問いかけに答える。
「その通り、我は魔王ゾグ。北の果てにて魔族を統治するものだ。お前達は身の程知らずにも我を倒しに来た勇者とその仲間たちだな」
ゾグと名乗った魔王は、そう言うとライナス達を一人一人舐めるように見回した。
「……ところでお前達、もう一人いるはずであろう。ゼルリナという名の娘はどうした?」
「残念だったな。お前が幽閉していたザリオンの姫君は私達が保護した! 今はお前が手出しできない安全な場所で、私の勝利を待っている!」
ライナスがそう言った途端、魔王は喉を唸らせて笑い始めた。
「ククク! ハハハハハ! 確かに気配が感じられぬ……! あの忌々しい女を置いてきたのか? これは傑作だ! 我にも好機がやってきたということか!」
魔王は一通り笑い終えると、冷酷な光をその瞳に宿した。
「今ならば、あの女の描く醜い台本を書き換えることができる! 勇者も、その仲間も、ここで皆殺しにしてくれるわ!」
「台本だと……?」
ライナスは、魔王の言葉に一瞬だけ困惑する。
「何をわけの分からないことを言っている! 私は騎士王の血を引くライナスだ! お前のような化け物に後れを取るはずが――」
ライナスが勇ましく剣を抜き、炎を纏った剣を魔王目掛けて振り抜いた。伝説の剣から生じた激しい炎が魔王に迫る。
しかし、魔王は動じず、右手の指を軽く弾いた。指先から放たれた黒い波動は、ライナスの炎を容易く掻き消し、そのままライナスの胸元へ死の槍となって伸びる。
「死ね、出来損ないの王子よ!」
「ライナス様!!」
間に合わない――そう思った瞬間、ライナスの前に割り込んだのは、戦う力を持たないはずのレイリアだった。
「姫様!」
「レイリアッ!」
スージーとイアンの叫び声が響く中、レイリアはエンデリオンで調達した、最後の防御用の魔法の護符を起動させた。レイリアの前面に光の障壁が展開される。しかし、魔王の一撃はその障壁を紙のように引き裂く。
「……あ、っ……」
鋭い衝撃がレイリアの身体を突き抜けた。紅い鮮血が舞い、彼女の華奢な体が冷たい石畳に崩れ落ちる。
「レイリアーーッ!!」
ライナスの魂を削るような絶叫が響き渡る。
(ライナス様の叫び声が聞こえる……。私、守れたのね。……でも、これは失敗。私が死んでしまっては元も子もないのに……。あぁ……私はシルフィーナ王国を救うこともできず、何も成し遂げられないまま、終わってしまうのかしら……ごめんなさい、お父様……)
駆け寄ってきたライナスに抱き起こされ、レイリアは薄れゆく視界の中で、涙を流す彼の顔を見つめた。
(ふふ……綺麗な顔が涙でぐちゃぐちゃ……ライナス様でも私のことを案じてくれるのね。……私はこのおバカで純粋な王子様と、もっと……本音で話せばよかったのかもしれないわ……)
レイリアは自分の身体からどんどん熱が失われ、冷えていくのを感じながら、最後の力を振り絞り、震える手でライナスの目尻の涙を拭うと、ライナスに優しく微笑みかけた。
「ライナス様には……やるべきことが、あるでしょう……?」
指先が力なく滑り落ち、レイリアの意識は、深い、深い闇の中へと飲まれていった。
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