第37話 廃村の罠と姫君の秘密
深淵の渓谷を突破した一行は、さらに魔王領の荒野を進んだ。渓谷での激戦を経て、パーティ内の空気はさらに複雑になっていた。
レイリアは、イアンの傷が完全に癒えているか確認するため、意識的に彼の側にいることが増えた。
「イアン様。肩の痛みはもうありませんか?」
レイリアは、ライナスに接するときとは天と地ほどの差があるほど優しい声でイアンに話しかける。
「ああ、もう大丈夫だ。あんたの回復魔法は、なかなか効く」
イアンは、レイリアが自分を気遣うたびに、珍しく頬を赤らめた。彼の態度は、冷徹な騎士というよりも、不器用な少年のようだった。
その様子を見ていたライナスは、言葉にできないモヤモヤを感じていた。ライナスはレイリアが自分を冷遇し、イアンを優遇しているように見えてならなかった。
(私は騎士王の血を引く英雄なのに! しかも元婚約者なのに! なぜレイリアはイアンばかり気遣うのだ? ゼルリナが側にいるから遠慮しているのか? いや、それならなぜ私にはあんなに冷たいのだ……!)
ライナスは、そのモヤモヤを振り払うように、大声で「私はランドール王国の王子なのだぞぉ!」と叫び始め、間髪入れずにスージーの肘鉄をくらい「そんなことはわかっています。お静かに。魔族を呼んでしまいますよ」と一蹴されるのだった。
深淵の渓谷を越えてから半日が経った夕暮れ時、ライナス達一行は疲れた体を癒すために休憩場所を探していた。休憩場所を探し始めてから少しして、岩と荒野が広がる中に、石造りの家屋が点在する集落を発見した。ライナス達は一通り集落を調査してみたが、生き物の気配はなく、廃虚であることがわかった。
「ここなら雨風を避けられそうです。周囲を警戒しつつ、今夜はここで休みましょう」
スージーの提案で、一行は集落の中央にある広めの小屋を拠点とした。小屋の中は驚くほど静まり返っており、誰かが生活していた気配は微塵も感じられなかった。
「ライナス様! 愛する者同士、一緒の小屋で休みませんか?」
ゼルリナは魅惑的な目でライナスを見上げ訴えたが、ライナスは「い、いや、ここは男女分かれて休んだ方が良いだろう!」と照れながらもゼルリナの提案を拒否することにした。
レイリアはライナスがちらちら自分の方を見ていることに気がついていたが、知らぬふりをしながら、辺りの警戒に努めていた。
一行は夕食を簡単に済ませ、ライナス達は交代で見張りを立てることとした。
夜が更け、スージーが見張りの番となった。
小屋の中でゼルリナと二人きりになったレイリアは、特に会話することもなく、早々に横になって休もうとしたが、なかなか寝付けずにいた。レイリアの心には、ゼルリナに感じた「嫉妬」の感情が燻ぶっていた。自らの感情をなんとか排除しようと必死だったが、同時に、いよいよ目前に迫った魔王城を前に、どのような計画を立てるべきか考える必要があった。
スージーは小屋の外で静かに周囲を観察していたが、やがて異変に気が付いた。風が運ぶ異臭、そして集落の外側に広がる沈黙。
(……囲まれている)
スージーは自分達が置かれた状況を即座に悟った。魔族の集団が音もなく集落を包囲し、夜襲のタイミングを測っている。しかし、スージーは動かなかった。ここで大声を出したりすれば、戦闘が始まってしまう。ライナス達は先の戦闘で疲労している上に、囲まれた状態で襲われてしまっては、勝率はかなり低いと踏んだからだ。
(どうするべきかしら……)
スージーがその緊張の極限で思考を巡らせていると、周囲に怪しげな霧が立ち込め始めた。そのことに気がついた時には、スージーは夢の中にいた。
スージーが眠ってしまってからしばらくして、小屋の扉が微かに音を立てて開いた。
小屋から出てきたのは真っ赤なドレスを着たゼルリナだった。彼女は周囲を警戒するような素振りもなく、集落の外に向かって歩いて行く。
その少し前、寝付けずにいたレイリアは、霧が立ち込めてきたことに気が付き、癒しの魔力を自身に張り巡らせることで眠らずにすんでいた。
そして、ゼルリナが扉を開けて外に出ていく気配に気付き、目を開けそうになるのに堪えていた。
(なぜ、ゼルリナ姫が……?)
ゼルリナは優雅な足取りで、眠っているスージーを起こさないよう、集落の外れ、魔族の気配が最も濃い闇へと歩いていった。
レイリアはゼルリナの気配が完全に無くなってから、静かに瞼を開くと、ゼルリナの後を気取られないよう追いかけることにした。
そして、集落の外れの闇の中、ゼルリナは立ち止まった。
「ずいぶんと無粋ね、貴方たち。誰がここでわたくしたちを襲えなんて命令したのかしら?」
ゼルリナが声をかけると、闇の中から、数体の魔族が姿を現した。彼女は一切の怯えを見せず、まるで部下に命令する女王のように振る舞っていた。
魔族のリーダーらしき者が、ゼルリナの前に跪いた。
「申し訳ありません、ゼルリナ様。しかし、我々の王は……」
ゼルリナは冷たい声で遮った。
「あの王子様は、わたくしの大事なお客様なのよ。ここで騒ぎを起こしては、私の計画が台無しになるでしょう。すぐに包囲を解きなさい。そして、わたくしの指示なく、わたくし達に手出しはしないことね。お分かりになりましたかしら?」
ゼルリナの言葉を聞くと、魔族たちはすぐに姿を消した。集落を囲んでいたはずの、あの重苦しい魔族の気配が、嘘のように消え去った。
数分後。
ゼルリナは、何事もなかったかのように、真っ赤なドレスをはためかせながら小屋に戻り、静かに横になった。彼女の顔には、成功を確信したような、満足気な笑みが浮かんでいた。
レイリアはゼルリナが戻るよりも先に小屋に戻って寝たフリをしていた。レイリアは、先ほど目の前で起こった出来事を理解しようと、考えを巡らせていた。
(ゼルリナ姫はまさか……魔族と繋がっている? いいえ、繋がっているどころか、ゼルリナ姫は魔族に指示を出していたわ……。彼女こそが、この旅で最も危険な存在かも知れない……)
レイリアの顔からすべての感情が消えた。一人、自分がしっかりしなければいけないのだと、覚悟を決める。彼女は周囲の危険が去ったことを把握し、静かに夜明けを待つことにした。
ゼルリナの秘密を知ったレイリアは、この旅の行く末を再考する必要に迫られていた。
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