第35話 嫉妬の姫と嘲笑の姫
翌朝。エンデリオンの作戦会議室は、いよいよ魔王領へ突入する直前の会議が開かれていた。しかしながら、これから魔王領へ突入するというにも関わらず、その会議の場はひどく重苦しい空気で満たされていた。
席についたレイリアは、完全に感情をシャットアウトしていた。彼女は一切ライナスを見ず、必要な伝達事項は全てスージーを介して行なった。
「スージー、ライナス様の携行食料の最終チェックリストを渡します。不備がないか、ライナス様に確認してください」
「承知しました、レイリア姫」
スージーは淡々と返答し、レイリアの目の前にいるライナスにリストを渡す。ライナスは昨夜の誤解を解きたくてたまらない様子で、レイリアに何度か話しかけようとしたが、視線すら合わせようとしてくれないことに言葉を失った。
その様子を見て、ゼルリナは満面の笑みを浮かべていた。彼女は会議中だというのに、ライナスの腕にぴたりと寄り添い、甘えた声で囁く。
「ライナス様ぁ、なにやらお疲れのご様子。 わたくしが用意した回復薬です。どうぞ使ってくださいまし」
ライナスが困惑しながらも回復薬を口にするのを確認すると、ゼルリナはレイリアに向かって、露骨に聞こえるように言った。
「あら、レイリア様はそんな怖いお顔をしてどうなさいましたの? このピリピリとした空気、まるで恋人を寝取られた嫉妬深い女性のようで、大変お見苦しいですわよ」
レイリアは表情一つ変えない。しかしゼルリナの言葉は止まらない。
「ライナス様からお聞きしましたが、そもそも、貴女はすでにライナス様から婚約を破棄されたらしいですわね? 婚約破棄されたにも関わらず、ライナス様に嫉妬するなんて、貴女にそんな資格などないんじゃありませんか? お可哀想に。ライナス様の愛を失った貴女が、なぜまだ未練がましく嫉妬など抱いているのかしら?」
ゼルリナは、昨日スージーが言った「愛を確かめ合うのは結構」という言葉を逆手に取った。
「スージーも仰っていましたわね。『愛を確かめ合うのは結構』だと。貴女はどう考えているかわかりませんけれど、ライナス様がわたくしのために力を尽くすのは、真実の愛の証明のためにしていること。貴女のように、婚約破棄されたにも関わらず、嫉妬心からただ子供のようにライナス様を無視するような態度こそ、これから魔王を討伐しようとしているライナス様の士気を下げるのではないでしょうか?」
スージーは自分の名前が出たことにピクリと反応したが、それ以上の反応は示さなかった。片やライナスは、ゼルリナの発言を冷や汗を流しながら聞いているしかなかった。レイリアはというと、握りしめた手がブルブルと震えていたが、すぐに気持ちを持ち直してゼルリナに言い返した。
「ゼルリナ姫。貴女のおっしゃる通りかもしれませんわね。私の態度が至りませんでした。しかしながら、貴女も魔王を討伐するという目的が果たされるまでは、規律を乱すような行動は慎んでいただけますでしょうか? 姫として節度ある行動をしてくださることを願いますわ」
正しさあふれる論理でゼルリナを封じ込めようとするレイリアだったが、ゼルリナは鼻で笑うだけだった。
「あら、怖いわ。わたくしはライナス様を癒やそうと思っているだけですのに。ライナス様はわたくしの真実の愛を求めているのですから。わたくしの愛の炎がライナス様を強くするのですわ。そうですわよね、ライナス様?」
ゼルリナの言葉を聞いたライナスは、レイリアに対する罪悪感と、ゼルリナのいう「真実の愛」の間で板挟みになり、首を左右に激しく振り、アワアワしながら、「あ、あの……二人とも……私のために争うのはやめにしないか……」と口にするのが精一杯だった。
「ライナス様は黙っていてください!」
そんな優柔不断で煮え切らない態度をとるライナスを目の当たりにし、ついにレイリアが堪えきれず、珍しく周囲がハッとするほどの大きな声を発した。
レイリアは自分の声の大きさに驚きながらも、心の中で葛藤していた。
(私はなぜこんなにもムキになっているのかしら?)
レイリアの意識は、この理解不能な感情を決して許容できなかった。
(私はこのバカ王子と結婚して、祖国との関係を修復するため、利用したいだけなのよ。あくまで政略結婚であり、彼を本当に愛している訳では決してないのに……。だからバカ王子が誰と何をしようと、最終的に祖国を救うことができれば、私には関係ないはずよ!)
そう自分に言い聞かせるレイリアだが、昨夜の光景を思い出すと、胸の奥から湧き上がる激しい怒りと、ゼルリナへの敵意が抑えられない。ゼルリナに「嫉妬」と断じられた時、図星を指されたような、認めがたい感情が込み上げてきたのだ。
(なんなのよ、この気持ちは。この感情は! ……こんな状態では私の祖国を救うという使命の妨げになってしまう。しっかりするのよ、レイリア……!)
レイリアは、ライナスへの不信感からではなく、自分の内側にあるコントロール不能な感情への怒りによって、無意識に唇を噛みしめた。
そのとき、この痴話喧嘩の空気を一刀両断する声が響いた。イアンだった。
「くだらない」
イアンは、バンッと音を立てて机を叩きつけると、会議室の全員を冷たい目で見回した。
「いつまで茶番を続けるつもりだ。ここは魔王領へ向かう前の前線基地だぞ。ゼルリナが夜這いしようが、レイリアが嫉妬しようが、そんなものは、これから命を懸けて戦う俺達にとって邪魔にしかならねぇ」
イアンは、レイリアをちらりと見る。彼女が感情を制御しようとしていることを理解しつつ、ゼルリナの煽りとライナスの優柔不断さが、レイリアの感情を乱していることに気が付いていた。
「俺はレイリアが言ってることが正しいと思う。ゼルリナ、お前がライナスを独り占めしたいなら好きにしたらいい。ただ、魔王討伐の邪魔になるようなことはするな」
イアンの突き放した、しかし誰も否定できない、至極真っ当な言葉によって、会議室の緊張は一瞬にして凍りついた。レイリアは深く一息つき、感情を完全に胸の奥底にしまい込んだ。
「イアン殿の言う通りです」
ディロン騎士団長が重々しく口を開いた。
「これ以上、私的な感情で時間を浪費することは許されない。魔王領への突入は、数時間後と迫っているのですぞ。レイリア姫もゼルリナ姫も、これにて私情を挟むことはやめていただこう」
レイリアは苦々しい表情を浮かべながら、すくっと立ち上がり、全員の注目が集まる中、ライナスを一瞥もせずに謝罪した。
「ライナス様。私的な感情であるまじき態度をとって申し訳ありませんでした。私はライナス様の旅が上手くいくことを最優先します。しかしながら、ライナス様が私的な感情を優先し、旅の目的に支障をきたすようなことがあれば、容赦なく進言させていただきます」
「わ、わかった。が、私は私的な感情など……」
ぶつぶつと言い訳がましいことを呟くライナスに、レイリアがまるで氷の刃のような視線をキッと向けると、ライナスはしゅんと下を向くしかなかったのだった。
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