第33話 作戦会議

 一行はエンデリオンに到着した夜、騎士団長ディロンの厚意で砦内の簡素な宿舎に宿泊していた。夕食後、ディロンはライナスとレイリア、イアン、そしてスージーを騎士団の詰所にある会議室に招集した。


 ゼルリナは「ヒロインたるもの、いついかなる時も美を磨く必要があるので、作戦会議などに出ている暇はありませんの」と、優雅に宿舎で待機することとなった。


 会議室は分厚い石壁に囲まれ、壁には北方の魔王領の地図が広げられていた。


「改めて歓迎しますぞ、ライナス様。そして、イアン殿。先ほどは挨拶もできず申し訳ありませんでした。カーライルの勇者の噂は、ここ、エンデリオンにも伝わってきていましたぞ」


 一通りの挨拶を終えると、ディロンは地図上の北のエリアを指さした。


「このエンデリオンの北門を抜ければ、そこはもう魔族の領域となります。ですが、魔王城へ至るには、その手前でまずこの巨大な障壁を突破しなければならない」


 ディロンが指さした先には、地図上でもひときわ深い断層が描かれていた。


「これが、我々が通称『深淵の渓谷』と呼んでいる場所です。巨大な渓谷になっており、深さも底知れない。かつて魔王の侵攻を食い止めるため、古代の魔法使いが魔法の力で築いた渓谷と言われています」

「この巨大な渓谷を越える手段は用意されているのですか?」


 レイリアが地図を凝視しながら質問する。確かに魔王城に侵攻しようにも、その渓谷は魔王城を取り囲むように広がっており、迂回できるようにも見えなかった。


「はい、レイリア様。この渓谷には一カ所だけ、巨大な石造りの橋が架かっているのですが……、現在はそこに近づく者もおらず、飛行能力をもつ魔族や魔物が徘徊する、危険な場所となっております」


 ディロンは厳しい顔で続けた。


「魔族の領域に足を踏み入れる勇気ある者は、この数年おりません。そのため、向こう側へ渡った者もいないのです。そして、この渓谷には、羽を持つ魔族や魔物が常時徘徊しており、橋を渡り切るには、地上の魔族だけでなく、上空からの襲撃を同時に防がねばならない。かなりの危険が待ち受けていると考えた方がいいでしょう」


 ライナスはディロンの話を聞くと、熱意に燃え、立ち上がった。


「ディロンよ、恐れることはない! 私の導きの炎と、イアンの銀色の閃光があれば、いかなる魔族も恐るるに足らん!」

「ライナス様、座ってください」


 スージーにたしなめられたライナスは「はい……」と小さな返事をして席に座り直した。その横でレイリアが冷静に作戦を練り始めた。


「ディロン団長、状況は理解しました。敵は空中と地上に及び、橋の上ではそれらを遮る遮蔽物もない。……我々の戦力で突破するには、橋を一気に走り抜けるしかないと考えます」


 レイリアは、改めてメンバーの能力を整理する。


(ライナス様には炎の剣による広範囲への制圧力はあるけど、突発的な対応や持続的な迎撃には向かない気がする。イアン様は直線的な攻撃は強力だけど、囲まれてしまっては迎撃するのに限界がある。スージーには馬車の御者とみんなの支援をしてもらうべきだから、主戦力と考えるのは避けるべきだわ。私は回復しかできないからほとんど戦うことはできないし、ゼルリナに至っては完全に戦力外……)


 レイリアはイアンに意見を求めた。


「イアン様、貴方の剣術とその突破力は確かに強力だと思います。しかし、前方・後方と上空から飛来してくる敵との同時攻撃を防ぐことはできますか?」


 イアンは、故郷ゼノフィリアでの出来事以来、以前よりも口数が減り、常に張り詰めた静けさを纏っていた。イアンはレイリアの質問にしばらく黙考した後、静かな声で提案した。


「あんたが言う通り、橋は速攻で走り抜けた方がいいと思う。ただ、囲まれた時の事を考えるのはやめたほうがいい。ライナスの炎で、敵を威嚇し、その間に俺が先陣を切り、前方の敵を倒しながら橋を走り抜ける。向こう岸に到達したら、すぐライナスの炎で後続を焼き払うのが得策だと思う」

「確かに……でもそれだとあなたがかなり危険な役目を負うことになりますが……」


 レイリアはイアンの提案に納得しながらも、不安そうな表情を浮かべた。


「それは、かなり危険な賭けではないか? 勇者殿」


 ディロンも難しそうな顔をしながらイアンに問いかける。ディロンにしてみれば、ライナスの炎の力も、イアンの実力も、実際に見たことがないため不安に思うのは当然だろう。


「他に取れる手はないだろう。これが一番効率的だ」


 イアンの言葉には、自分の危険を顧みるような考えは微塵も感じられなかった。



 作戦会議が終わり、皆が宿舎に戻ってからしばらくすると、ゼルリナが心配そうな顔でイアンに声をかけてきた。


「イアン様。ライナス様から話は聞きましたわ。貴方は故郷に行ってから、どこか思い詰めているように見えますわ。一人で先陣を切るなんて……そんなことをしたら、大怪我を負うかもしれませんし、下手をすれば死んでしまうことだってありますのよ」


 ゼルリナの瞳には、かつてゼノフィリアで見たような、不安の色が宿っていた。それはロマンスのヒロインではなく、危なげな男性を心配する一人の女性の目だった。

 イアンはゼルリナを一瞥した。


「俺は復讐ができればそれでいい。俺に戻る場所なんてないんだから……」


 イアンは冷たく言い放ち、それ以上ゼルリナと目を合わせようとはしなかった。彼の脳裏には、故郷の瓦礫と、ゼルリナの「ごめんなさい」という言葉が思い出されていた。

 しかし今は、『深淵の渓谷』の攻略に集中するしかなかった。

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