第32話 北境の砦都市エンデリオン

 イアンの故郷ゼノフィリアを後にした一行は、間もなく次の目的地である北境の砦都市エンデリオンに到着しようとしていた。


 北境の砦都市エンデリオンは、ランドール王国の最北端に位置する、巨大な石壁に囲まれた都市である。そこはミスリル山脈の寒々とした風が年中吹き付ける気候的に厳しい場所であり、このエンデリオンを越えた北側には、魔王の支配する大地が広がっている。そのため、この都市が実質的に魔族と人間の生存圏を分ける役割を担っていた。

 このような理由から、エンデリオンを守る​衛兵や騎士は、常に戦闘準備態勢であり、街の雰囲気は軍事的な重さが目立っている。


 エンデリオンに到着した一行は、馬車でその門の前で検問を受けていた。スージーが衛兵に、冒険者ギルドで発行してもらった身分証を提示すると、それを確認した衛兵が慌てた様子で奥の詰所に引っ込む。


「スージー、何かあったのか?」


 衛兵のざわめきに気がついたライナスが馬車のキャビンから顔を出して、スージーに質問する。


「いえ、多分これは……」


 スージーが答えようとしたその時だった。


「ライナス様!」


 奥の詰め所から先ほどの衛兵の代わりに出てきた筋骨隆々で大柄な男がライナスの名前を読んだ。


「その声は……ディロンか!?」


 ライナスが荷台から降りると、ディロンと呼ばれた大柄な男が急いでライナスの元へ向かい、跪きながら言葉を続けた。


「魔王討伐の旅に出たと聞いて心配しておりましたが、お元気そうで何よりです!」


 ライナスとディロンの二人は、大きな声で笑い合った。

 荷台で待機していた面々がライナス達の笑い声に何事かと外に出てきていた。レイリアも荷馬車の外に出て、スージーに「あのディロンと言う男は何者なのですか?」と質問する。


「ディロンはランドール王国の騎士団長です。ここエンデリオンの守護を任されるまでは、王都でライナス様の剣術指南を私と共に務めていました」


 レイリアがスージーと話をしていると、そこにディロンが近づいてきた。


「貴女様がレイリア姫ですね。私はランドール王国の騎士団長ディロンと申します。レイリア様が、ライナス様の魔王討伐の旅に同行したというお話は聞いております。ここまでの道中はさぞ大変だったでしょう」

「初めてお目にかかります。シルフィーナ王国のレイリア・シルフィーナです。ライナス様やこちらのスージーのおかげで、なんとか無事にここまでたどり着くことができました」


 レイリアが丁寧に挨拶を返す。


「それは何よりです。ところでそちらのお二方は……」


 ディロンは、イアンとゼルリナを探るような目で見た。


「こちらは勇者のイアン様です。それから、こちらは……」

「ザリオン王国の姫、ゼルリナだ! 魔王に囚われていたところを私が助け出したのだ!」


 レイリアがゼルリナの紹介をしようとした際に、横からライナスが紹介を奪う。


「改めまして、わたくし、ザリオン王国のゼルリナと申します。ライナス様に助けていただき、魔王討伐の旅に同行させていただいております」


 ゼルリナが丁寧な挨拶を行うが、ディロンはゼルリナに対する訝しげな表情を隠さない。


「ザリオン王国……ですか。 私の記憶が正しければ、もう随分前に滅びたと記憶しておりますが……」

「王家の人間のみが生き残っていたのだ。何も疑う必要などない!」

「ライナス様。恐縮ですが、ザリオン王国は遥か昔に滅亡した国。失礼ながら、ゼルリナ姫が王族であるという確たる証すらないのではないですか? この北境の砦は、怪しいものを通すわけにはいかないのです」


 レイリアは、ディロンの真っ当な意見に内心では「普通はそう考えますわよね……」と納得しながらも、ライナスがいる限り話がややこしくなると考え、ゼルリナを擁護する側に回ることにした。


「ディロン騎士団長。あなたのおっしゃることはよくわかりますが、ゼルリナ姫は魔王の支配下で長く身を潜めていたこともあり、公的な証拠を出すのは難しいでしょう。今は、ゼルリナ姫を保護する義務を果たすべきだと考えます。こちらには護衛のスージーもいますので、彼女の身元は私たちが保証するということで納得していただけませんか?」


 その言葉にディロンは「ううむ……」と唸り声を上げる。


「まあ! レイリア様がここまで言ってくださっているのに冷たい方ですわね。騎士団長、わたくしは魔王の手から救い出してくれたライナス様を、運命の相手として愛しております! それ以上の何が必要なのです!」

「その通りだ、ゼルリナ姫! ディロンよ、私は真実の愛を見つけたのだ! 邪魔をするでない!」


 レイリアは「また、この二人は……」と頭を抱えたくなった。見かねたスージーがレイリアの援護に回る。


「ディロン様。レイリア様のおっしゃる通り、このスージーめも付いております。何かあれば私が対応しますので、ここは穏便に通していただけませんでしょうか?」


 この言葉に「そこまで言うなら……」とディロンが折れる形で一行はエンデリオンに入ることが許されたのだった。


 イアンは、このゼルリナとディロン騎士団長のやり取りを少し離れて見ていた。ゼルリナの笑顔には一切の揺らぎがない。


(この女のお花畑な振る舞いは演技ではないのか? ゼノフィリアで見せた、あの悲しい瞳と謝罪の言葉……。どちらが本当の姿なんだろうか……)


 イアンは、自分自身の復讐心とは無関係に、なぜこれほどゼルリナのことが頭から離れないのか理解できなかった。しかし、あの謝罪の言葉が真実であるのか、それとも巧妙な偽りなのか、その本性を暴きたいという衝動に駆られていた。

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