第31話 故郷への帰還

 一行は北境の砦都市エンデリオンを目指す街道から外れ、イアンの案内で脇道に入った。イアンの故郷ゼノフィリアに近づくにつれて、イアンの表情はますます硬くなっていった。彼は馬車のキャビンの窓から外の景色を眺めながら、言葉を発さず、ただミスリル剣の柄を握る手には、異常なほど力がこもっている。


「勇者様、緊張していらっしゃるの? 大丈夫ですわよ、ヒロインであるわたくしがついていますわ!」


 ゼルリナが、満面の笑みでライナスに寄り添いながら、イアンに声をかける。ゼルリナの声はいつものように明るかったが、その瞳の奥には、どこか落ち着かない、揺らぎが宿っているように見えた。


 ライナスはイアンの緊張を「里帰りのための緊張だ!」と勘違いしていたが、レイリアは違った。イアンの強張った背中からは、復讐の炎ではなく、深く冷たい悲しみを感じ取っていた。


 しばらく進むと、今までの鬱蒼とした森の景色が一変した。ところどころの木々が倒され、周囲には焼けた土の匂いが漂い始める。

 イアン達を乗せた馬車が、そんな景色が続く中を進み続けると、間もなくイアンの故郷、ゼノフィリア村の跡地が目の前に現れた。


 そこは、生き物の気配などない、焼け野原だった。ほとんどの家は崩れ、瓦礫と化しており、かろうじて立っている家も壁が焼け焦げていた。

 そんな村の跡地に、ただ風が灰を舞い上がる中、馬車から降りたイアンは立ち尽くした。


 イアンは静かに一歩ずつ、かつて自宅があった場所へと進む。そんなイアンの後ろを、同じく馬車から降りたライナス達が続く。さすがのライナスも、空気を読んだのか、一言も言葉を発することなく、ただ静かに前を歩くイアンの背中を見つめていた。


 しばらく歩いたところで、イアンは立ち止まり、瓦礫の山にそっと触れ、そして力なく膝をついた。そこがイアンの住んでいた家跡なのだろう。


「父さん、母さん……ただいま。帰ってきたよ」


 イアンが消え入りそうな声で家の跡地に向かって語りかける。いつもは復讐に燃えているかのようなイアンの赤い瞳から、涙がこぼれ落ちる。この時ばかりは、復讐心よりも家族を失った深い喪失感と自身の無力感が、彼を打ちのめしていた。イアンは頭を垂れ、声もなく拳を握りしめ、ただひたすらに絶望を噛み締めていた。


「何という非道な! これが魔王のやり方か!」


 ライナスはイアンの傍に駆け寄り、剣を抜いて地面に突き立て、静かに叫んだ。ライナスの激しい怒りが、この静まり返った場所にわずかな熱を与える。レイリアもスージーも、ライナスの行動を咎めず、イアンの悲しみを想うのだった。


 その光景を皆より少し離れた後ろから見ていたゼルリナは、その場から動けずにいた。


(この村は……魔王が勇者を討つために送った部隊が滅ぼした村なのね……)


 ゼルリナの脳裏には、待唄の廃塔に連れて行かれる前、魔王城で知った破壊の報告がフラッシュバックしていた。


(わたくしが……招いたことでもあるのね……)


 ゼルリナは目の前で涙を流す銀髪の青年の絶望を想い、人知れず罪悪感と、家族を失う悲しみに共感が混ざり合い、いつもの彼女の天真爛漫なヒロインの仮面が激しく揺らぐ。


 ゼルリナは、ライナスに抱きつくことも、奔放な言葉を口にすることも忘れて、静かにイアンの背後に近づいた。


「……孤独は……悲しいですわよね……」


 彼女はいつもの芝居がかった、高慢な口調ではなく、真に悲しそうな、弱々しい声で呟いた。


「誰にも理解してもらえない孤独……わたくしにも……」


 イアンは声の主の方を振り返り、悲痛そうな表情のゼルリナの顔を見つめた。


(ゼルリナは王家の生き残りだと言っていたな。家族を失ったのは、俺だけじゃないってことか……)


 イアンは、ゼルリナも自分と同じく家族を失った悲しみを抱いているのかと考えた。そう思うと、イアンは自分の怒りと悲しみが、一時的にかき消されたように感じられた。

 ただ、それと同時に、イアンの心臓は以前感じたような奇妙な違和感で再び強く波打つのだった。そして、ゼルリナの言葉を理解しようとしたイアンに対して、ゼルリナがもう一言、言葉を発した。


「ごめんなさい……」


(「ごめんなさい」だと? 今、ゼルリナは俺に対して謝ったのか? どういうことだ?)


 ゼルリナの謝罪の言葉に訝しげな表情を浮かべるイアン。

 ゼルリナは、イアンの困惑した瞳を見て、自分がヒロインの仮面を破ってしまっていることに気づいた。


「あ、あの! その!」


 ゼルリナは慌ててヒロインの仮面を被り直すように、いつもの調子に戻した。


「そ、そうですわ! 勇者様を慰めるのは、ヒロインであるわたくしの大切な役割なのです! わたくしが、あなたの悲しみを全て受け止めて差し上げますわ!」


 ゼルリナはいつもの調子に戻り、そう言い放つと、イアンの視線から逃げるようにライナスの陰に隠れた。


 イアンは、ゼルリナの行動とその言葉のギャップに戸惑いを覚えながらも、自宅の焼け跡から立ち上がった。


「待たせたな。じゃあそろそろ行くか、エンデリオンへ」


 イアンの言葉は短いながらも、強い決意に満ちていた。イアンは、ゼルリナの謎めいた行動に引っかかりながらも、今は故郷と両親の復讐のため、前へ進もうと考えることにした。


 一行は、滅びたイアンの故郷ゼノフィリアを後にし、次の目的地『北境の砦都市エンデリオン』を目指して北上を開始するのだった。

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