第30話 新たな旅の始まり

 ゼルリナ姫を迎え、「囚われの姫の救出」というライナスの大きな目標の一つを達成した一行は、「魔王討伐」というもう一つの目標に向け旅を再開した。


「ああ、ライナス様! 貴方様がわたくしを助け出してくださってからのこの旅の一歩が、わたくし達の真実の愛の物語の始まりなのですわね!」


 スージーが御者を務める馬車のキャビンの中で、ゼルリナは豪華な深紅のドレスを纏ったまま、ライナスにぴったりと寄り添い、満面の笑みを浮かべていた。そのドレスは、荒れた街道の旅にはあまりにも場違いに見えた。


「ゼルリナ様、失礼ですが、その衣装は旅に適していないように思えます。動きやすい服に着替えてはいかがでしょう?」


 レイリアはライナスとゼルリナのイチャイチャに顔を引きつらせながらも、努めて冷静に提案してみた。


「まあ、レイリア様! ヒロインたるもの、常に美しくなくてはいけませんのよ! どんな苦難が待ち受けていようとも、王子様の愛がわたくしを守り、輝かせるのですわ!」


 レイリアは「旅に着いてくるなら、あなた自身も何かしら役に立ちなさいよ!」と喉まで出かかった言葉を飲み込み、最近慢性的になってしまった頭痛の痛みに耐えるのだった。


 イアンは、レイリアとゼルリナのやり取りを無視しながら、ミスリル剣の手入れをしていた。すると、レイリアとのやりとりに疲れたのか、ゼルリナがイアンの側に近づいてきた。


「勇者様! あなたはあまりおしゃべりしてくださらないのね?」


 イアンは無視を決め込んで剣の手入れを続けていたが、ゼルリナは気にせずに話し続ける。


「あなた、わたくしの物語におけるご自分の役割をご存知かしら? あなたは、わたくしと王子様をあらゆる危険から守る、冷徹だけど心優しい剣士なのですわよ!」


 ゼルリナはそう言うと、イアンの銀色の髪にそっと手を這わせた。


「ライナス様からお聞きしましたが、勇者様は、悲劇的な過去をお持ちなんですってね」

「いい加減にしろ!」


 イアンは反射的にゼルリナの手をはねのけ、嫌悪のまなざしを向けた。


「俺はお前の物語に出てくる脇役なんかじゃない! 俺は俺の復讐のために、こいつらに同行してるんだ! 勘違いしないでくれ!」

「あら! 生意気な態度ですわね。でも、ヒロインに反発する脇役というのも、物語には大切かもしれないですわね。でも、わたくしはあなたにも期待してますのよ。家族を失ったあなたの悲しみは、わたくしにも少し理解できると思いますの。あまり邪険にしないでくださると嬉しいのですけれど……」


 ゼルリナはそういうとライナスの隣へと戻っていった。イアンはゼルリナが何を考えているのかまったく理解できず、これ以上関わりたくないと思うとともに、自分のことを理解できると言ったときの、一瞬だけ見せたゼルリナの少し悲しげな瞳が気になっている自分に、戸惑っていた。


 一行は昼食の休憩に入ると、ゼルリナは「お料理なら少しできますのよ」と言い、スージーの隣で調理の手伝いを始めた。出来上がった料理はいつもより少し豪勢で美味しそうに見える。


 ゼルリナはライナスの隣に腰を掛けると、「ライナス様、わたくしの手料理、食べてくださいますか?」とスプーンで料理をすくってライナスの口に運んだ。


「あ、ああ。嬉しいぞ!」


 ライナスにしては珍しく恥ずかしがりながら、差し出されたスプーンを「あ〜ん」と口に入れ、「美味しいぞ!」と喜んでいた。


 イアンはパンを食べながら、レイリアに「あれ、ほっといて良いのか?」と聞いてみたが、レイリアは聞こえないふりを決め込んでいるようで、返事はなかった。


 昼食が終わるのを見計らって、レイリアはスージーに静かに声をかけた。


「スージー、次の目的地は決まっているのかしら?」

「はい、姫様。ここからは本格的に魔王の支配する領域となります。そのため、最後の補給地である北境の砦都市エンデリオンに向かうのが良いかと考えます」


 そうスージーが言った時、側で話を聞いていたイアンがピクッと反応したのをレイリアは見逃さなかった。


「イアン様? エンデリオンがどうかしましたか?」


 急に声をかけられたイアンはビクッと驚いた顔をレイリアに向けた。


「い、いや……その……。もし、余裕があればなんだが、エンデリオンの近くにあるゼノフィリアって村に寄ってもらえないか? 無理なら別に構わないんだが……」

「ゼノフィリアとは……、イアン様の故郷の村ですね? エンデリオンの近くにあるとは存じませんでしたが」

「かなり田舎の村だからな。隠れ里みたいなものだから、地図に載ってなくても不思議じゃない……」

「道案内をしてくださるのなら、問題はないと思います。ですよね、スージー?」

「はい、問題ありません」


 イアンはその言葉を聞き、「恩に着る」と嬉しそうに応えた。

 そんなイアンの様子を、ゼルリナは複雑な表情で見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る