第29話 ザリオンの王女

 ゼルリナの「白馬に乗った王子様」など、ライナスの物語脳に通じるロマンス発言に、頭が痛くなる感覚を覚えつつも、レイリアはゼルリナに話しかけることにした。


「はじめまして。私はシルフィーナ王国の王女、レイリアと申します。ゼルリナ様。失礼ですがあなたは何者なのでしょうか? ディープデールの村で、あなたが魔王軍にさらわれた姫ではないかとの噂が流れておりましたが……」


 ゼルリナはレイリアにはあまり興味がなさそうに、ライナスの方に顔を向けたまま、優雅に話しだした。


「申し遅れました。わたくしは魔王城が存在する北の地を治めるザリオン王家の第一王女、ゼルリナと申します。復活した魔王による襲撃を受け、国は滅びてしまいましたけれど……。ですが、わたくしがあまりに美しかったことから、魔王はわたくしだけは殺さずに、この塔に幽閉したのです」


「よよよ」と嘘くさい泣き真似をしながらライナスに抱きつくゼルリナ。

 レイリアはライナスが抱きつかれてニヤニヤしていることに気がつき、右の眉をピクリと跳ね上げたが、後ろに控えていたスージーが「姫様、ここは冷静に……」と声をかけてきたため、すぐに平静を取り戻した。


「ザリオン王国……たしか遥か昔、何代か前の魔王の時代に滅んだと、国の歴史書には記録されていた覚えがありますが……」


 レイリアはあえて疑いを持っていることを隠さず、その歴史的事実を突きつけた。


「おい、レイリア! このようにか弱く可憐なゼルリナ姫を疑うのはやめるんだ! 国は滅びても王家だけなんとか逃げ延びていたのだろう!」


 ライナスはゼルリナを庇い、騎士道精神を全開にする。


「ああ、ライナス様は私のことを信じてくださるのですね!」


 ゼルリナはライナスの腕に顔をうずめた後、レイリアに向かって微笑みかけた。その笑顔には、悲劇のヒロインを演じている余裕があった。


「レイリア様。ご心配なく。時として真実は記録に残らないもの。わたくしの王家は長きにわたり、魔王の支配下でひっそりと命を繋いでいたのです。わたくしは、滅んだ王国の再興という目的のため、新たな騎士王の物語を紡ぐ王子様を待ち続けていたのです! そして今! 待ちわびていた王子様である、ライナス様と巡り会えた、というわけですわ」


 レイリアはゼルリナがライナスに媚びる様子に、鳥肌が立つほどの寒気を覚えた。


(このゼルリナとかいう娘、話している内容には信憑性の欠片もないけれど、自分を物語の主役として信じることにかけてはライナス様と互角だわ。……王家の存続が嘘だとしても、ライナス様、いいえ、この色ボケ王子が真実を見ようとしない限り、何を言っても無駄だわ……。ここはむしろゼルリナを同行させた方が色ボケ王子の士気も上がるかも知れない)


 レイリアは若干の嫌悪感を覚え、ワナワナと体を震わせながらも、今後の筋書きを計算した。


「ゼルリナ様。わかりました。貴女様をザリオン王国の王女として、私どもがあなたをお守りいたします。ライナス様の魔王討伐という使命を達成させるためにも、旅への同行を認めます」


 ゼルリナは「まあ! ありがとう!」と喜び、ライナスにさらに抱きついた。ライナスは顔を真っ赤にして照れている。

 その光景を、イアンは皆から少し離れた場所から冷めた目で見ていた。


(ライナスと同じ匂いのする、面倒なのがまた増えたな。王族ってのはこんなやつばっかりなのか……)


 イアンは内心でうんざりしていた。


 その後、ライナスがパーティーメンバーの紹介をゼルリナにし終えると、ゼルリナがイアンに近づき、満面の笑みで話しかけた。


「あなたがわたくしのことを守ってくださる勇者様ね! よろしくてよ、あなたがわたしを守ることで、真の英雄になることを許して差し上げますわ!」


 ゼルリナは無邪気にイアンに擦り寄ろうとしたが、イアンは寸前で身を捩り、ゼルリナから三歩遠ざかった。

 しかし、ゼルリナの一切の悪意のない、無邪気な瞳を見た瞬間、イアンの心臓が一瞬だけ小さく跳ねた。


(なんだこの感覚は? ……なんだか胸がザワザワしやがる)


 ゼルリナを前にしたイアンの顔には、普段の冷静さとは少し違う、戸惑いの表情が浮かんでいた。

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