第27話 導きの炎と怪しい噂

 ミスリル山脈へ向かう道中、一行は夜営地の火を囲んで今後の戦術について話し合っていた。昨日のイアンの規格外の力を見て、レイリアの表情は冷静な策謀家のそれに変わっていた。


「スージー。イアン様の天啓の力はとても強い……一撃必殺のような技に見えますが、その後の隙や、集団戦での効率が課題に思いました。一方、ライナス様の炎は規格外の破壊力ですが、なんというか……その……とても無駄な動きが多いように見受けられます。私は戦闘の専門家ではないので、適切な助言が思い浮かばないのですが……。スージー、戦闘のエキスパートであるあなたなら、この二つの力を最大限に活かす具体的な戦術案を考えられるのではないですか?」


 レイリアは、護衛であるスージーに助言を求めた。スージーは、無言で警棒の柄を擦りながら、簡潔に答えた。


「姫様。ライナス様の炎は、その威力もさることながら、敵の隊列を崩し、一時的に動きを止めるという点で優れています。イアン様は、その隙を突いて敵の急所を破壊することに集中させるべきです。つまり、ライナス様には雑魚敵を排除し、本丸までの『道筋を作る役』に徹していただくのが最も効率的だと考えます」


「『道筋を作る役』……。つまり、炎で敵を蹴散らし、勇者の戦いやすい場を作り出す、ということですね」


 レイリアは、スージーの戦術をそのまま採用することを決め、その役割をライナスに伝えるための最も効率の良い言葉を組み立てた。



 翌日の昼過ぎ、一行が山脈の麓にある採掘村ディープデールに近づくと、村の入り口付近でゴーレムの集団が暴れているのが見えた。土色のゴーレムの群れの中に一体、銀色に輝くミスリルゴーレムが混じっており、それが指揮官として群れに指示を出しているようだった。


「さあ、今度こそ私の出番だ! イアンよ、邪魔をするなよ!」


 ライナスが伝説の剣を掲げ、再び単独で突っ込もうとした瞬間――背後からスージーがライナスのマントを力任せに引いた。


​「ぐえっ!?」


​ 派手に仰向けに転ぶライナス。彼は慌てて起き上がると、眉を吊り上げてスージーを睨んだ。


「な、何をするのだ、スージー! 危ないではないか!」

「お待ちください、ライナス様。あそこにいる銀色の個体は、魔法攻撃が効きにくいミスリルゴーレムです。ライナス様の炎魔法では分が悪いでしょう」

「か、勘違いをするな、スージー! 私は炎魔法など使っていない! これは聖なる炎を纏った『魔法剣』だ!」

「失礼いたしました。……どちらにせよ、効かないことに変わりはありませんが」


 ライナスの反論を秒で切り捨てたスージーに続き、レイリアが優雅な仕草で一歩前へ出た。


​「ライナス様。そもそも真の指導者というものは、自ら闇雲に突撃などしないものですわ。ライナス様こそが、この戦場の命運を握る総指揮官。……先鋒は、イアン様に任せてはいかがでしょう?」


​ レイリアは、ちらりとイアンに視線を送った。


​「まあ、俺ならあの銀色も斬れるとは思うが……。いかんせん、周囲の雑魚が多すぎるな。斬る前に囲まれる」


 レイリアはイアンのその言葉を待ってましたとばかりに微笑んだ。


​「ライナス様! イアン様の力を最大限に活かせるのは、ライナス様の炎だけです! ライナス様の放つ炎を『導きの炎』として、敵の軍勢を左右に分断し、イアン様があのミスリルゴーレムと一騎討ちできる最短の『道』を作っていただきたいのです!」


​ 『導きの炎』。その甘美な響きに、ライナスの瞳が瞬時に輝いた。


「『導きの炎』! なるほど! 勇者の力を最大限に引き出すために、私の炎の力が必要ということだな! まさに私に与えられし使命にぴったりな戦い方ではないか!」


 ライナスはレイリアの言葉に感動し、熱血暴走から一転、戦略的支援に徹することにした。


 自分がやるべきことを理解したライナスの行動は早かった。ライナスが馬車の前に躍り出て剣を振り抜くと、地を這う激しい火柱がゴーレムの群れを両断し、ミスリルゴーレムへと続く見事な「炎の道」が切り拓かれた。


​「行け、イアン! 私が道を作ってやったぞ!」


 イアンは一瞬、呆気にとられたような顔をしたが、即座にライナスが作り出したその道を駆け抜けた。胸の痣を銀色に輝かせた一閃が走り、次の瞬間にはミスリルゴーレムの巨体は真っ二つに分かたれていた。


 司令塔を失った残りのゴーレム達は、勢いに乗ったライナスとイアン、そしてスージーによって次々と倒されていき、一行は魔物の集団を一掃することに成功した。


 戦闘後、イアンはライナスに背を向けたまま、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。


「……今のは悪くなかった」


 ライナスはそれを最高の賛辞だと解釈した。


「ハハハ! どうだイアン! これが指導者の力だ! これからは私を頼りにするがいい!」


 ライナスは満面の笑みを浮かべ、イアンの肩を馴れ馴れしく抱き寄せた。イアンは嫌そうに身を捩るが、その顔は少し笑っているように見えた。


(スージーの戦術提案のおかげで、二人の力が完璧に噛み合ったわ)


 レイリアはスージーと視線を交わし、自らの戦略が成功したことを確信するのだった。



 魔物を撃退し、採掘村ディープデールに入った一行は、村長から深く感謝された。


「本当にありがとうございます! 皆様がいなければ、村はどうなっていたことか!」


 村長は安堵の表情を浮かべたが、すぐに顔を青くして周囲を見回した。


「実は、お礼と共に気になる噂をお伝えせねばなりません。最近、魔王軍と思わしき黒い甲冑の不気味な一団が、山脈の奥にある『待唄まちうたの廃塔』へ向かうのが目撃されています。彼らが運んでいた輿の中には、物語から抜け出したような、美しい人間の女性がいたという話でして……」


 その言葉を聞いた瞬間、ライナスの表情が今日一番の輝きを見せた。


「それだ! それこそが私が探し求めていた『囚われの姫』に違いない! 魔王に攫われた絶世の美女、そして救い出す英雄……騎士王の物語、ここに再現だ!」


 興奮して拳を握るライナスとは対照的に、レイリアの心には言い知れぬ不安と焦りが広がっていた。


​(そんな……本当に囚われの姫が存在するというの? イアン様という勇者の出現や今回の囚われの姫の噂……あまりにも話ができすぎているような気がするわ。まるで誰かがライナス様が憧れる『騎士王の物語』を無理矢理再現しようとしているかのような……)


 ​レイリアは反射的にライナスを止めようと声を張り上げた。


​​「ライナス様、お待ちください! それはあくまで噂です、魔族の罠の可能性も――」


 ​ライナスは、レイリアの言葉を遮った。


​「何を言うレイリア! 騎士王の血を引く私にとって、囚われの姫の救出こそが何より優先すべきことではないか! 囚われの姫を救出し、真実の愛の証明を果たすのだ!」


 ​レイリアは、ライナスの使命感に燃える瞳を見て、今の彼を説得するのは無理だと感じ、悔しさと焦燥から唇を噛み締めることしかできなかった。


 ​こうして、ライナスの「真実の愛を探す旅」は、レイリアの意思に反する形で、次の目的地「待唄の廃塔」へと向かうことになった。

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