第22話 勇者の告白

 イアンは、柔らかいベッドの上で、レイリアの真剣な眼差しを受けていた。


 レイリアの「本当に勇者なのか?」との問いかけには、好奇心や軽薄な興味といったニュアンスは含まれていないように感じられた。ただ、切実に真実を求める、レイリア・シルフィーナという一人の人間としての意思だけが感じられた。


 イアンは、左胸の十字の聖痕の存在を隠すように、硬く組んだ手に力を込めた。彼は、真実を話してもいいものかどうか悩んでいた。

 だが、レイリアは自分の命を救ってくれた。その恩義と、彼女の瞳の奥に見える真剣さが、イアンの孤独な壁をわずかに崩した。


「……少し、長くなるぞ」


 イアンはそう言って、重い口を開いた。


「俺は、ゼノフィリアという村の出身だ。山奥にある小さな村だったが、村人みんなが助け合う平和なところだった……あの日までは……」


 イアンは、魔族の襲撃、両親の死、そして床下で一人生き残った過去を淡々と語った。そして、レイリアに、自分が両親から告げられた真実を口にした。


「父は、俺のこの左胸の十字のアザを指して、これが天啓によって選ばれし者の印だと告げた。そして、世界を救うべき存在だから、生き延びろと」


 イアンは、そこで一度言葉を区切った。彼の赤い瞳には、深い憎悪と、自分だけが生き残ったことへの後悔が滲んでいた。


「その後、俺は長い放浪の末に、なんとかこのカーライルの街にたどり着き、復讐のため、強くなるために冒険者になったんだ」


 イアンはレイリアの瞳を見ながら、自嘲気味に話を続けた。


「復讐のためには金も力も足りないことは分かっていた。放浪しながら、我流で剣も使えるようにはなったが、やはり金が無いと装備も買えないしな。そういう意味では冒険者になるのは、腕も鍛えられて金も稼げる、ちょうどいい手段だと思ったのさ」


 イアンは、テーブルに視線を落とした。


「その時、冒険者ギルドで身元証明と力量の鑑定を受けた。その鑑定で、初めて俺は『勇者』だとわかったんだ。父が言っていた天啓を受けしものというのが、魔族から世界を救う勇者を指していたということだったんだろうな……」


 話を聞き終えたレイリアは、静かに頷いた。彼女は、イアンという名の、本物の勇者の悲劇的な生い立ちを把握した。


 その時、隣の部屋からずっと聞こえていた、ライナスの豪快な鼾がぴたりと止まった。どうやら、イアンの話の中の、「勇者」というキーワードがライナスの耳に届いたらしい。

 間髪入れず、ライナスが部屋の扉を勢いよく開け放った。寝間着姿のままだったが、ライナスが剣を持っていないのが幸いだった。


「おお! やはり、そうであったか、イアン! 騎士王の子孫たる私の崇高なる説教に心を打たれて、ついに真実を告白したのだな!」


 ライナスは、感動で目を潤ませながら、イアンに駆け寄ろうとした。


「イアン! お前のような、悲劇を背負った者こそ、私が導くに足る存在だ! お前は私の仲間として、騎士王の血を引く者の真の旅路を支えるが良い! 私の騎士道で、お前を正しき道へ導いてやろう!」


 イアンは、恩着せがましい言葉と、この世の全てをわかったような王子の顔に、苛立ちを隠せない。


「フザけるな。俺の復讐と、お前らの遊びを一緒にされてたまるか! それにな、お前は俺のことを弱者から金品を巻き上げたと言ったが、あれはギルドから請け負った仕事だ。盗人を退治するってな。勘違いするんじゃねえ!」

「な、なに!? ……そうだったのか?」


 ライナスはいつの間にか自分の後ろに控えていたスージーに意見を求める。


「……あの後、騒動の裏取りをさせていただきましたが、イアン様の言うことが正しいかと」


 ライナスが「ぐぬぬ」と唇を噛み締めて悔しがる。


「それに、俺に関わるとお前らだって、きっと……」


 イアンが「関わると死ぬ」というトラウマを口にしようとした瞬間、レイリアがすっと立ち上がった。


 彼女はライナスを視界にも入れず、イアンをまっすぐに見つめ、取引を持ちかけることにした。


「イアン様。あなたの故郷を滅ぼした魔族は、魔王の眷属でしょう。あなたの目的は魔王への復讐。そして私たちの目的は、魔王の討伐」


 レイリアは、テーブルの上に置かれた地図を指差した。


「よく考えてみてください。あなたも先ほど言っていたではありませんか。あなたが一人で魔王への復讐を果たすのは、金銭的にも戦力的にも不安があるのでしょう? しかし、私たちに同行すれば、ライナス様の権威と国からの確実な資金援助、そして私たちの実力という、復讐のための最短かつ最も安全な手段を得られます」


 レイリアは、イアンのトラウマも悲劇も、全て取引材料として提示した。


「あなたの復讐の旅に、私たちを『利用』してください。そして、代わりにあなたの力を私たちに『利用』させてください」


 イアンは、ライナスとレイリアを交互に見た。彼の復讐心は、レイリアの言葉に強く反応した。


(この姫様は、俺の悲劇を全て理解した上で、利用すると言っているのか? 確かに、彼女の言う通り、こいつらの力があれば、俺はより確実に魔王へ辿り着ける……)


 イアンは、顔をしかめながらも、レイリアの差し出した『取引』に応じることにした。


「……わかったよ。ただし、余計な世話は焼かなくていい。利用されるだけだ。俺もお前達のことを利用させてもらう」


 レイリアは満面の笑みで頷いた。


「もちろん。あなたは、私たちが旅の目的を遂げるための『戦力』です」


 ライナスは、イアンのその不服そうな様子を、照れ隠しだと解釈した。


「ハハハ! イアンよ! 何も恥ずかしがることはないぞ! 私に任せておけば大丈夫だ! 私の真実の愛を探す旅にて、お前を立派に更生させてやろう!」


 ライナスは、まったくもって見当違いな意見を言うと、満足げに胸を張った。イアンはライナスのその様子を見て、より不機嫌そうに口を引きつらせるのだった。


 一方、レイリアは、本物の勇者という魔王討伐にとってこれ以上ない戦力を確保できたことに、静かに勝利の笑みを浮かべるのだった。

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