第21話 勇者の過去
魔族が去り、森の中に静寂が戻った。ライナスはまだ剣を振り上げ、勝利の余韻に浸っている。レイリアは警戒を解き、イアンに向き直った。
イアンは立ち上がり、左腕の傷に触れた。レイリアの魔法のおかげで、左腕の傷はほぼ塞がり、全身の火傷もほぼ完治していた。彼は今の状況を理解できず、警戒の視線を向けたまま、レイリアに頭を下げた。
「……礼を言う。回復魔法、助かった」
「お気になさらないでください」
レイリアは優雅に微笑んだ。
「あなたの今後の協力を考えれば、この程度の投資は当然ですわ」
レイリアの言葉に、イアンの表情が険しくなる。
「投資、だと? お前達は一体、何者なんだ?」
レイリアは、イアンの警戒心を和らげるため、簡潔に事情を説明した。
「私はシルフィーナ王国の姫、レイリア・シルフィーナ。あちらで剣を振り上げているのがランドール王国の王子、ライナス・ランドール様。そして、こちらは私たちの護衛のスージーですわ」
イアンは内心驚いていたが、それを悟らせまいと平静を装い、「王子に姫……。面倒な連中だな」と、吐き捨てるように言った。
レイリアがさらに言葉を続けようとした、その時だった。
「騎士王の血を引くこの私が、お前の疑問に答えてやろう!」
勝利の興奮冷めやらぬライナスが、剣を片手にレイリアの前に躍り出た。
「お前は『勇者』と呼ばれているそうだな。だが、貴様は自分が勇者であるということをいいことに、私利私欲のために、弱者から金品を巻き上げている。それは騎士道の規範に反する行いだ!」
イアンは、突然目の前に現れ、勝手な言い分の説教を始めたライナスに反発しようとするが、彼の独善的な物言いと上から目線の態度は、癒えたばかりの身体に対し、精神を深く苛んだ。
「しかしだ! 私の使命が、お前のような道を踏み外した者を正しき道へ導くことであると気づいたのだ! 今こそ目を覚ます時だ、青年! 騎士王の血を引く私の旅路への同行を許そう。これこそが、お前に与えられし崇高なる使命なのだ!」
ライナスは剣を掲げ、誇らしげに胸を張る。その説教はまるで永遠に続くかのように、高らかに響き渡った。
イアンは、ライナスの熱弁を聞きながら、突如、全身の力が抜けるのを感じた。
「……うる、せぇな……」
イアンは、それだけを絞り出すのがやっとだった。戦闘後の肉体的な疲労、そしてライナスの的外れな説教という精神攻撃を前に、限界を超えたイアンは、その場に糸が切れたように倒れ込んだ。
「おお、青年よ! 騎士王の血を引きし私の言葉のあまりの崇高さに、感動のあまり失神したか! よし、スージー、すぐに手当を!」
ライナスは、最後まで的外れな解釈を曲げることはなかった。
一方、意識を失いスージーに抱えられたイアンの精神は、遠い過去へと遡っていた。
そこは、彼の故郷『ゼノフィリア』。小さな、しかし活気に満ちた平和な村だ。まだ幼さが残るイアンが、畑仕事をする両親に笑いかけている。
その平和な日常は、一瞬で暗転した。
「魔族だ! 逃げろ!」
怒号と悲鳴が響き渡り、村は黒い炎に包まれた。
血を流して倒れる村人たち。イアンは両親に手を引かれ、家の中へ逃げ込んだ。
「イアン、よく聞け」
彼の父は、血に塗れた手で、家の床板を外し始めた。
「お前の左胸のアザを覚えているか? その十字の聖痕こそが、お前が天啓によって選ばれし者である印なんだ」
父はそう言うと、イアンの左胸の、赤く十字に刻まれたアザを指差した。
「今まで隠してきたが、お前は天啓により選ばれし者、この世界を救うべき存在なんだ」
イアンは父の突然の告白に、信じられないとばかりに目を見開いていた。
「お前は必ず生き延びて、いつか魔王を討ち果たし、この世界を救うんだ」
父はイアンを床下の暗闇に押し込め、母はイアンの頬に最後のキスを残した。床板が閉じられ、暗闇だけが残る。
イアンが最後に聞いたのは、両親の絶叫と、床板越しに流れ込んだ生々しい血の匂いだった。
彼は一人、床下の暗闇で震え、村が焼き尽くされる轟音と断末魔を聞きながら、生き延びてしまった。
そして、その日、イアンは誓った。
「必ず……、必ず俺が魔王を打ち倒す。俺の大切なものを奪った魔族共を、根絶やしにしてやる」
夢は、故郷を後にし、長い放浪の末にカーライルの街に行き着き、復讐の手段として冒険者になったイアンの姿を最後に、静かに幕を閉じた。
イアンが目を開けると、薄暗い北の森ではなく、柔らかいベッドの上だった。どうやら、宿屋の一室のようだ。
全身の痛みはない。左腕の傷も全身の火傷も完璧に治り、疲労も回復している。
(……俺は、生きてるのか)
自分の置かれた状況に戸惑いながら、イアンはゆっくりと体を起こした。
室内には、焚かれた暖炉の暖かな炎が揺れている。
人の気配に目を向けると、レイリアがテーブルの隅で、一枚の地図を広げ、何事か書き込みをしていた。スージーは、部屋の入り口で、警戒を解かずに壁に寄りかかっている。
安全な場所と、予期せぬ恩人の存在。
イアンは、自分の心臓が大きく高鳴るのを感じた。
レイリアは、イアンの視線に気づくと、地図から顔を上げ、静かに微笑んだ。
「お目覚めになられましたか、イアン様。ご気分はいかがですか?」
イアンが頷くのを確認すると、レイリアの瞳はすぐに真剣な光を宿した。
「さて、体調は問題なさそうなので、早速ですが本題に入りましょう。あなたが『勇者』だという話。それは、真実なのですか?」
イアンの孤独な旅は、姫の策謀によって、ついに終わりを迎えようとしていた。
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