第18話 姫の新たな策謀

「お騒がせして申し訳ありませんでした!」


 そう言うと、レイリアはスージーと共に、怒りで我を忘れたライナスを無理やり馬車に引きずり込み、慌てて宿を探した。カーライルの中心部にある宿の部屋に入ると、ライナスはすぐに剣を床に突き立て、激昂した。


「あれを見ただろう、レイリア! あの者は、騎士王の血を引く私の目の前で、打ち倒した相手から金品を奪うという蛮行を働いたんだぞ! 明確な騎士道の冒涜だ! すぐにでもあの偽勇者を叩きのめさなければならん!」


 ライナスは、自分の剣が偽勇者に受け止められたことに驚き、焦りを感じているようだった。

 レイリアは考え込むような仕草をしつつ、冷静にライナスを制する。


「ライナス様。あの場で騒ぎを大きくすれば、騎士王の血を引く者の評判を自ら落とすことになります。ここは一旦冷静になった方がよろしいかと……。スージー!」


 レイリアはスージーに素早く目配せをした。スージーは無言で頷くと、今にも部屋を飛び出してしまいそうに怒るライナスに一瞬だけ目を向け、情報収集のため部屋を出て行った。


 ライナスは、部屋を出て行ったスージーにも気づかず、なおも興奮冷めやらぬ様子で主張を続ける。


「あの男は、勇者を冒涜している! 勇者とは、無償の奉仕と高潔な愛のために剣を振るうものだ! 報酬を要求したり、まして金品を強奪するなど、言語道断ではないか!」


 レイリアは、ライナスが語る理想論を、彼の気が収まるまで黙って聞いていた。彼の熱弁が一段落し、部屋に重い沈黙が流れた、その時だった。


 コンコン。


 控えめなノックと共に、スージーが部屋に戻ってきた。

 スージーはライナスとレイリアの間に立ち、先ほど騒ぎがあった広場で集めた情報を報告した。


「姫様。あの青年剣士は、イアンという名だそうです。彼は町の外れにある冒険者ギルドに登録されている、冒険者とのことでした」


 スージーは続けた。


「そして、こちらが重要なのですが……彼はギルドで身元鑑定を受けた際、『勇者』という判定を受けたそうです。その情報が、噂となって広まっています」


 レイリアの瞳が一瞬大きく見開かれる。ライナスのように自称ではない、天よりその運命さだめを受けた勇者が現実にいることを、この時悟ったのだ。


(本物かもしれない……。ライナス様の炎の剣を受け止めたあの剣の腕は、その噂を裏付けているわ。偽りの勇者だと思っていた存在が、まさか本物の勇者かもしれないなんて……!)


 レイリアがライナスの方を向くと、​ライナスの顔が、怒りから混乱へと変わっているのが見て取れた。偽勇者だと思いこんでいた存在が、実は本物の勇者だという、その矛盾に理解が追いつかず混乱しているのだ。


​(ライナス様は今、混乱している。自分の騎士道に反するイアンという青年が、実は本物の勇者かもしれないという事実に。このままでは、冷静な判断ができずに、本物の勇者と戦うことになるかもしれない。もし本当にイアンという青年が勇者なのだとしたら、魔王討伐というこの旅の目的の達成のために、ひいては私とライナス様の婚約破棄を無かったことにし、祖国を救うために、絶対に必要な存在だというのに!)


 ​レイリアはすぐに策略を練り始める。

 ​排除すべき「偽勇者」だと思っていた存在が、本当に「本物の勇者」だというのなら、どのように仲間に引き入れるべきかを。


 ​レイリアの祖国シルフィーナ王国を救う手段は、ランドール王国の後ろ盾を得ること、すなわちライナス王子との政略結婚しかない。その結婚を果たすには、この魔王討伐の旅を成功させることが絶対条件である。


(​真の勇者の力……魔王討伐の旅を無事に終わらせるためにも、絶対に手に入れなければ)


 ​レイリアは、燃えるように怒っているライナスと、報告を終え冷静にたたずむスージーを見比べ、ある計画を閃いた。

 ​シルフィーナ王国を救うために、「騎士王の血を引く者」という旗と、「本物の勇者」という強大な力、その両方を手に入れるには……。


「ライナス様」


 レイリアはライナスに優しく微笑みかけた。


「あの青年剣士は、確かに卑しい振る舞いをしています。しかし、考えてみてください」


 レイリアは、まるでライナスに教えを説くかのように語り始めた。


「イアンという青年が本物の勇者かどうかは、問題ではないのではないでしょうか?」


 ​レイリアの言葉に、ライナスの顔の混乱がさらに深まり、訝しげにレイリアを見る。


「ど、どういうことだ? レイリア……」

​「ライナス様が信じる真の騎士道とは、卑しい行いをするものの道を諭し、正しい道へと導くことではないですか?」


 ​レイリアはライナスの目をまっすぐに見つめ、強く訴えかけた。


​「イアンという青年が道を踏み外していると言うのなら、彼を魔王討伐の旅に同行させ、彼を更生させる。それこそが騎士王の血を引きしライナス様が取るべき道。ライナス様が越えるべき試練なのではないでしょうか?」


 レイリアの言葉に、​ライナスの顔が混乱から使命感へと一気に一変した。


​「……なるほど! そうか、レイリア! 私は彼を倒すのではなく、導くのだな! まさに騎士王の血を引く者に与えられた、崇高な使命だ!」


 ​ライナスはあっさりレイリアの説得という口車に乗せられ、自分に課せられた使命を、「偽勇者討伐」から「真勇者更生」へと変更した。


 ​レイリア・シルフィーナは、本物の勇者イアンの力を、おバカ王子の名声のために利用するという、大胆な策謀を胸に秘め、静かに微笑むのだった。

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