第16話 商業都市カーライル

 一行を乗せた馬車は、ベスタ村を出てから二日。次の目的地であるカーライルに近付くにつれ、道は整備され、森は徐々に開けてきた。ライナスは、荷台の中の座席に座りながら、鼻歌交じりに伝説の剣の手入れをしていた。


「スージーよ。次の目的地のカーライルという町は、どんなところなのだ?」


 スージーは手綱を握りながら、淡々とした口調で答えた。


「ライナス様。カーライルは、アルカ村やベスタ村のような辺境の集落ではありません。この地方で最も発展した商業都市の一つです」

「ほう! 商業都市か!」

「はい。特に、魔王が支配する北の大地に比較的近い場所に位置するため、傭兵や冒険者が多く集まります。そのため、武器や防具の需要が高く、その他の商業も発達していると聞きます」


 ライナスは満足げに頷いた。


「なるほど。人が集まるところに、偽勇者も湧くというわけだな!」


 荷台の中では、レイリアが窓の外を眺めながら、スージーとライナスの会話に耳を傾けていた。彼女の関心は、魔王と魔王が率いる魔族の脅威と、ライナスの旅の目的である『真実の愛』についてだった。


 レイリアは、旅立ちの時からの疑問を解消しようと、ついでとばかりにライナスに声をかけた。


「ライナス様。以前からお聞きしたかったのですが……あなたが救い出すと言っている『囚われの姫』というのは、本当に実在するのでしょうか?」


 レイリアは、ライナスの目的の一つである『魔王討伐』はこの際なんとか成し遂げるとして、もう一つの目的である『囚われの姫救出』について、純粋に疑問に思っていた。そもそもそんな噂、聞いたこともないからだ。


 ライナスは、突然の質問にぽかんと口を開けた。その表情は、まるで「太陽は東から昇るのか?」と聞かれたかのような驚愕に満ちていた。


「レイリア! 何を言っているのだ!? もちろんだ!」


 ライナスは、伝説の剣の手入れをする手を止めずに、当たり前だろうとでも言わんばかりの表情で言った。


「魔王とは、姫をさらうものだろう! 魔王城に助け出す姫がいなくてどうする? 物語が成立しないではないか!」

「……」


 レイリアは、聞いた自分がバカだったと心底後悔した。ライナス王子にとって、騎士王の物語に描かれている出来事は、疑いようのない真実であり、そこに理由を求めてもしょうがないことなのだ。


(この人は、現実のルールではなく、物語のルールの中で生きている……。私がすべきは、彼に現実を理解させることではなく、私が思い描く最良のシナリオにバカ王子の行動を誘導することだわ)


 レイリアは、軽い頭痛に耐えながら、新たな戦略を静かに練ることにした。


 そうこうしている内に、馬車は小高い丘を越え、前方に広がる平野の向こうに、強固な石壁に囲まれた大きな街が姿を現した。それは、今までの村とは比べ物にならないほど大きく、人々の行き交う姿に溢れた、活気のある街のようだった。


「あれが、商業都市カーライルです」


 スージーが短く告げた。

 ライナスは荷台から身を乗り出し、前方に見えるカーライルの方を見た。その瞳は、街そのものではなく、街を囲う石壁の奥にいるであろう偽勇者に向けられていた。


「ふふふ……待っていろ、偽りの勇者よ! 騎士王の血を引く真の勇者である私が、騎士道とはどういうものかを教えてやるぞ!」


 ライナスと、偽りの勇者の運命的な出会いは、この欲望と活気渦巻く商業都市カーライルで幕を開けるのだった。

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