第10話 帰還の提案
宴の翌朝。二日酔いで苦しむライナスをスージーが新たな旅へと誘った頃、レイリアは馬車の影で、ゴブリン討伐の功績を基に、帰還計画を実行しようとしていた。
しばらくして、スージーに連れられてライナスが宿の扉を開けて出てきた。まだ二日酔いの頭痛に苦しみ、おぼつかない足取りで馬車のそばへやってきたライナスに、レイリアは優しく声をかけた。
「ライナス様。ゴブリンロード討伐、誠にお見事でした。これでアルカ村は救われましたわ」
ライナスは、痛む頭を押さえながらも、得意げな顔をした。
「うむ! これも全て、騎士王の教えの賜物だ!」
「ええ。ですが、このまま旅を続けることは、魔王の領域にどんどん近づいて行くことになります。ゴブリンロードの出現も予想外の出来事でしたし……。騎士王の物語に憧れているとは言え、やはりあまりに危険すぎますわ」
レイリアはここで、帰還計画のための説得にかかった。
「ですので、ゴブリンロード討伐という素晴らしい功績を持って、王都へ戻りませんか? 私考えましたの。真実の愛は魔王を討伐しなければ得られないものなのかと」
レイリアは潤んだ瞳でライナスの目をじっと見つめる。
「私は今まで国同士の盟約のため、ライナス様との婚約をするつもりでした。ですが、此度のゴブリンロード討伐時のライナス様の勇姿、そしてスージーを身を呈して助けようとした慈愛に満ちたお姿を目の当たりにし、私は自分がライナス様に心から惹かれていることに気が付きましたの。魔王討伐はとても危険な任務。私はライナス様の身が危険にさらされるのを見ているのが辛いのです。私のこの気持ちはライナス様にとって『真実の愛の証明』にはなりませんか? ゼイラム王のお怒りも、ゴブリンロード討伐の素晴らしい功績を持ち帰れば静まると思いますし、その功績をもって婚約を再締結させれば、きっと陛下も喜んでくださいますわ」
レイリアは、これが最もリスクの少ない、祖国を救う最善の道だと信じ、言葉をまくし立てた。
しかし、ライナスは頭痛をこらえ、毅然とした表情でレイリアの提案を拒絶した。
「レイリア、君の気持ちはとても嬉しい! だが、私の『真実の愛の証明』は魔王を討伐しなければ得られないのだ! どうかわかってほしい。それに、アルカ村のゴブリンロードなど、魔王討伐の旅における、ただのチュートリアルにすぎない!」
ライナスは、レイリアの考えをまったく汲み取ることもなく、あくまで騎士王の物語への憧れを貫くことに躍起になっていた。
「何度も言うが、私の求める『真実の愛の証明』は、囚われの姫を救い、魔王を討伐することでしか得られないのだ! ここで王都へ戻れば、それは騎士王の物語への冒涜となる! 私は進む! 北へ!」
ライナスの瞳には、狂信的なまでの物語への忠誠心が宿っていた。
レイリアは、ライナスの断固たる拒否を受け、心の中で舌打ちした。
(なんでこんなにバカなのかしら! 騎士王の物語なんてあくまでおとぎ話に決まってるのに!)
これで、当初の「適当な手柄を立てさせて帰還する」という計画は、完全に破綻した。
レイリアは、二日酔いに頭を抱えるライナスを目の前に、冷静に現状を再評価し始めた。
(でも……)
彼女の思考は、昨日のゴブリンロード討伐の場面へと戻る。
ライナスは、騎士王の物語への固執という致命的な欠陥を抱えているものの、その炎魔法の威力は、一瞬でゴブリンロードを塵に変えるほどのものだった。そして、スージーの圧倒的な戦闘能力は、普通の魔物相手なら問題なく通用する。
この二人がいれば、無理に引き返す必要はないかもしれない。むしろ、この強力な戦力を利用し、本当に魔王を討伐してしまった方が、万が一婚約が再締結されなかったとしても、王都に戻った際に旅に同行したレイリア自身の評価、ひいてはレイリアの祖国であるシルフィーナ王国の評価自体も、大きく上がるのではないか?
レイリアの心は、リスクを最小限に抑える保守的な計画から、最大のリターンを求める積極的な計画へと、急速にシフトしていった。
「……わかりました、ライナス様」
レイリアは、ため息を一つだけ飲み込み、覚悟を決めた表情で頷いた。
「では、ひとまず私のライナス様への気持ちはしまっておくことにし、旅を続けましょう。行きましょう、北へ。ですが、旅の行程と作戦の決定は、私とスージーに一任していただきたいのです」
ライナスは、「北へ」という言葉を聞き、歓喜した。
「うむ! わかった! 作戦は君たちに任せる! 私は勇者として君たちを守り、魔王討伐に専念しようではないか!」
こうして、レイリア姫の帰還計画は、祖国を救うための「最強の王子とメイドを利用した魔王討伐計画」へと、その性質を大きく変えたのだった。彼女の視線は、既にスージーが示した次の目的地、ベスタ村へと注がれていた。
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