第9話 王子の二日酔い

 ゴブリンロードを倒した後、ライナス一行は、アルカ村へと帰路に立った。


 ライナスは、帰路の途中の馬車の中でも、アルカ村へ帰った後の村長の家でも、ずっと頭を抱えて落ち込んだままだった。彼にとっては、炎魔法による勝利は騎士道の敗北を意味しており、せっかくの功績にもかかわらず、その心は晴れなかった。

 そのため、村長へのゴブリンロード討伐の報告は、全てスージーが行うこととなった。


「洞窟内のゴブリンは全て駆除いたしました。また、洞窟の奥にはゴブリンロードがおりましたが、そちらも討伐させていただきましたので。念のため、洞窟周辺にゴブリンの残党がいないかも確認済みでございます」


 スージーは淡々と事実を報告したが、その報告からはライナスがゴブリンロードを炎魔法で焼き尽くした衝撃的な事実については、ライナスが今以上に落ち込んでしまう可能性があったため、伏せることにした。


 村長は、その報告に大いに喜び、深々と頭を下げた。


「旅人様、本当に感謝いたします! まさかゴブリンロードまでが巣食っていたとは……これで、安心して生活できます!」


 被害は小さかったとはいえ、ゴブリン達に村人たちが迷惑していたのは本当だったらしく、村長はライナスたちの功績を讃え、ささやかながら宴を開くことにした。


 宴が始まる前、スージーはテーブルの隅に座り込んでいるライナスに冷静な声で釘を刺していた。


「ライナス様。お酒はなるべくお控えください。酩酊状態での不用意な発言は、王子の素性を漏らす危険がありますので」

「うう……わかっている、スージー。私は今、騎士道を汚した罪に苦しんでいるのだ。酒など飲む気にはなれない……」


 しかし、宴が始まると状況は一変した。村人たちが次々とライナスの元へやって来て、「本当にありがとう」「村を救ってくれた英雄様だ」と心からの感謝を伝え始めたのだ。


 村人からの純粋な感謝は、騎士王の教えに背いたことで落ち込んでいたライナスの心に、勇者としての誇りを再び燃え上がらせた。


「いや、私は、通りすがりの旅人にすぎない! 困っている人を助けるのは当然だ!」


 いつもの調子を取り戻したライナスは、徐々に饒舌になっていった。


 スージーは、村長と真剣に、報酬の辞退と今後の旅程について会話していたため、ライナスから目を離していた。

 その隙を見逃さなかった村の若者たちが、ライナスに強い酒を勧め始めた。


「さあ、旅の英雄さん! 遠慮しないで飲んでくれ!」

「うむ! 勇者は、村人の真心を受け入れるものだからな!」


 ライナスはあっという間に酔っぱらってしまい、テーブルに立ち上がって、村人たちに勇者とはどういうものかを熱く語って聞かせるのだった。


「いいか! 真の勇者とは、魔法のような小細工に頼らず、ただひたすらに剣と信念で道を切り開くのだ! そして! 囚われの姫を助け出し、姫への愛を公の場で宣言する! それが騎士王が説く勇者の道なのだ!」


 ライナスは、酔っぱらった上に村人からもてはやされたことで気持ちよくなってしまい、自分が魔法でゴブリンロードを倒したことも忘れ、熱弁を振るっている。

 レイリアはそんなライナスを眺めながら、彼が「私がランドール王国の王子だ!」と叫び出すのではないかと、内心ハラハラし続けていた。


(お願い、ライナス様! 元気を取り戻したのは構わないから、身元だけは明かさないで!)


 しかし、さすがにそこは弁えていたようで、ライナスは最後まで「真実の愛を探す旅人」という設定を守り通し、大きな騒ぎもなく、宴は終わったのだった。


 次の日の朝。


 ライナスは、二日酔いで頭を抱え、ベッドにうずくまっていた。炎魔法でゴブリンロードを焼き尽くしてしまった後悔も、騎士王の物語への敬愛も、二日酔いから来る激しい頭痛の前には霞んでいた。


 部屋のドアが開き、身支度を整えたスージーが入ってきた。スージーも昨夜は村長から何杯も酒を勧められていたはずだが、その表情はいつもと何一つ変わらない。


「ライナス様。体調はいかがでしょうか」

「うう……スージー……二日酔いが……騎士王も二日酔いになったのだろうか……」


 スージーはライナスの言葉を無視し、淡々と報告を始めた。


「昨日、宴の最中に村長と会話していたところ、このアルカ村のさらに北に位置する『ベスタ村』も困りごとを抱えているという話を聞きました。村長の話から推測するに、ベスタ村の困りごとは、おそらく山賊の仕業だと考えられます」


 スージーは一枚の地図を広げた。その地図には、既にベスタ村までの最短ルートが赤線で書き込まれていた。


「もともと魔王のいる北へ向かうのがライナス様の当初の目的。旅の途中で困っている人々を助けていくことも、ライナス様が目指すところだと考えます」


 彼女は提案する。


「そのため、次はそのベスタ村を目指すのはどうでしょうか?」


 ライナスは痛む頭を押さえながらも、「困っている人々を助ける」という言葉と、「魔王のいる北へ向かう」という響きに、再び勇者の血が騒ぐのを感じた。


「う、うむ……スージー。それが……騎士王の血を引く勇者の道、か……」


 こうして、ライナス一行は、スージーの提案によって、「人助けをしながら魔王の城を目指す旅」へと目的を定め、新たな目的地ベスタ村を目指すことになったのだった。

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