第8話 王子、隠された力

 洞窟の広間に、レイリア姫の甲高い叫びが響き渡った。


「危ないっ! ライナス様!!」


 その声にハッと我に返ったライナスが後ろを振り返ると、彼の視界を埋め尽くしたのは、ゴブリンロードが天高くから振り下ろす、巨大な棍棒の先端だった。

 もはや逃げる間も、避ける間もない。


 ライナスは反射的に、まるで嫌がる子供のように両手を前にかざした。そして、心の奥底から湧き上がった言葉を叫んだ。


「『弾けろ』!」


 瞬間、ライナスの手のひらの先で、凄まじい爆発が起こった。

 ゴブリンロードの棍棒は、まるでガラスのように粉々に砕け散り、その破片が洞窟中に飛び散った。巻き起こる爆風はライナスの金色の髪を揺らし、ゴブリンロードは吹き飛ばされた棍棒の持ち手を見つめ、困惑に目を見開いていた。


 ライナスに駆け寄ろうとしたレイリアも、その場で呆然と立ち尽くし、何が起こったのか理解できていない様子だった。


「……よくも……よくも私に魔法を使わせたな……」


 いつもの純粋で、おバカな雰囲気とはかけ離れた、深く、激しい怒気を含んだ声が、ライナスの喉から唸るように漏れ出る。

 その声に我に返ったゴブリンロードが、棍棒を失った拳でライナスに殴りかかろうと突進する。それに対し、ライナスは右手をゴブリンロードに向けて、制止をかけるように構える。


「もういい……『燃え尽きろ』!」


 ライナスがそう言うやいなや、ゴブリンロードの全身を、洞窟の湿気を一瞬で蒸発させるほどの激しい炎が包み込んだ。ゴブリンロードは断末魔の叫びを上げるが、それも長くは続かない。ゴブリンロードの巨体は黒い塊となって床に崩れ落ち、その命はすでに燃え尽きていた。


 広間を支配していた熱気が消え去り、しんとした静寂が訪れる。

 そんな静寂の中、最初に口を開いたのはレイリアだった。


「……いったい、何が起きたの?」


 レイリアはゴブリンロードの燃えカスを見つめながら、呆然とつぶやいた。

 その時、ライナスの切羽詰まった声がレイリアを現実へ引き戻した。


「レイリア! こっちに来てスージーを診てくれ!」


 ハッと我に返ったレイリアは、急いで吹き飛ばされて倒れているスージーの元へ駆け寄った。スージーの額はパックリと割れ、血が流れ出ている。


 レイリアはすぐにスージーの胸の前で両手を組み、静かに癒しの魔法を唱え始めた。彼女の指先から柔らかな光が溢れ、スージーの全身を包み込む。たちまち流血していた傷は塞がり、呼吸も落ち着いていく。

 しばらくすると、スージーはゆっくりと目を開けた。ライナスとレイリアはお互いの目を合わせると、安堵の息を漏らした。


 スージーが体を起こし、落ち着きを取り戻したところで、レイリアは立ち上がって、ライナスに詰問する。


「ライナス様。先ほどは一体何をしたのですか? あなたがゴブリンロードを倒したということで、よろしいんですよね?」


 ライナスは、自分が魔法を使ったことを思い出し、突如として頭を抱えた。


「うう……私としたことが! 騎士王の血を引く勇者が、剣を捨てて魔法を使うなんて! 私の騎士道に泥を塗ってしまった!」


 何やら後悔の念に駆られ、ブツブツとつぶやき続けるライナス。

 その様子を見たスージーが、全てを理解したように、静かに話し始めた。


「あぁ、ライナス様が魔法を使ってくださったのですね。さすがでございます」


 レイリアは驚き、スージーに詰め寄った。


「どういう事です? スージー! ライナス様は攻撃魔法が使えたのですか!?」

「さようです、レイリア姫。ライナス様は実は類まれなる炎魔法の使い手なんですよ」

「え? そんな話、聞いたことありませんわ」

「ライナス様は、ランドール王家に伝わる英雄譚の主人公、すなわち騎士王に強く心酔しております。騎士王は物語の中で、旅の最初から最後まで、魔法を使わず、己の剣のみで魔王を討伐します。そのため、ライナス様は、『勇者たるもの剣で戦うべき』だと強く思い込み、魔法が使えることをひた隠しにしていたのです。その腕前はゼイラム王と、幼い頃から世話を焼いていた私、そしてライナス様の傅役の老臣くらいしか知りません」


 ​レイリアは、ライナスがランドールという大国の王子として、とてつもない魔法の才能を持ちながら、古い物語の騎士王のイメージに従うために、それを封印していたという、とんでもない事実に直面し、口を開けて呆然とした。


 ​その横では、未だに「騎士の道を外れてしまった」と後悔し、頭を抱えるライナスがいた。レイリアの帰還計画は、出だしから予想外の出来事によって、根底から覆されようとしていた。

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