第7話 メイド長の誤算

 翌朝、ライナス一行は、アルカ村から西へ進んだ場所にある、洞窟の入り口に立っていた。洞窟の入り口は湿った空気を吐き出しており、なんとも不気味な雰囲気が漂っている。


 ライナスは、昨日とは打って変わって真剣な表情をしていた。


「レイリア、スージー。ここから先は、ゴブリンが巣食うという危険な場所だ。一歩足を踏み入れれば、そこは戦場! ここから私の真実の愛の証明に向けた本当の試練が始まるのだ!」


 ライナスは深呼吸し、持参した鋼の剣を構えようとした。

 その瞬間、メイド長スージーが目にも留まらぬ動きでライナスの前に滑り込んだ。彼女はフリルのエプロンはためくメイド服という、普段と変わらぬ姿のままだが、その腰には鋼鉄の警棒が提げられている。


「ライナス様。危険です。私が先導させていただきます」

「な、なんだと? スージー! 先導は勇者である私の役割だ!」

「ライナス様は、私の後ろで、勇者としてレイリア姫の警護をお願いします」


 スージーはそのまま皆の先頭に立ち、洞窟の闇の中へ、迷いなく足を踏み入れた。


 洞窟内は、村長の言う通りゴブリンの巣窟となっていた。

 洞窟を進んだ先の最初の角を曲がった瞬間、三体のゴブリンが「キシャア!」という甲高い声と共に襲いかかってきた。


 ライナスが「レイリア! 私の後ろへ!」と叫び、鋼の剣を振り上げた、その時……。


 ヒュンッ!


 スージーの警棒が、風を切る音と共に唸りを上げた。一閃、二閃。スージーは一切の無駄な動きなく、的確にゴブリンの関節や頭部に打撃を叩き込む。


 ゴブリンは「ブグッ」という情けない声と共に、あっという間に三体とも、洞窟の壁にバッタバッタと叩きつけられ、動かなくなった。


 スージーは警棒の血糊を払い、ライナスに背中を向けたまま、冷静な声で告げた。


「敵を無力化しました。先に進みましょう」


 その後も、道中現れるゴブリンは全てスージーによって一瞬で薙ぎ倒されていった。彼女の戦闘技術は、まさに格闘技を極めた手練れそのものだ。彼女の戦い方はまるで、はたきで埃を払っているかのような日常の動作のように見えた。


 ライナスは、やる気に満ち溢れていたにもかかわらず、剣を抜く暇すら与えられない状況に、途中から深い絶望を覚えた。


(ち、違う! これは違う! 勇者は自らの手で道を切り開くものだ! なぜ私は、スージーの後ろをただ歩いているだけなのだ!?)


 ライナスの後ろを歩くレイリアは、そんなライナスの様子など気にも留めず、少し興奮した声でスージーに感心していた。


「すごいわ、スージー! これなら、思っていたよりも楽にゴブリンを掃討し、アルカ村を救った功績を立てることができるかもしれませんね。素晴らしいですわ!」


 レイリアにとって、スージーの強さは予想をはるかに上回るものだった。


 しばらく進むと、洞窟の奥の開けた空間に出た。そこはゴブリンたちが寝床にしている場所のようだったが、中央には全身を皮鎧で包み、巨大な棍棒を肩に乗せた一際巨大なゴブリンが座っていた。


 ゴブリンロードだ。


「ライナス様、レイリア姫。これは少々まずいかもしれません……」


 スージーは初めて警戒の色を見せ、声を低くした。

 ゴブリンロードは、通常のゴブリンとは次元が違う上位種だ。ゴブリンは手練れの冒険者であれば一人で掃討できる雑魚敵に過ぎないが、ゴブリンロードとなると、精鋭メンバーで構成された複数のパーティが、入念な連携のもとに討伐を試みねばならない高難易度の脅威となる。


「どうしたスージー? 急に声を小さくして。……な、なんだあの巨大なゴブリンは!? あれはこの洞窟のボスではないのか!」


 空気を読まないライナスの大声により、ゴブリンロードに勘付かれてしまう一行。ゴブリンロードはライナスたちの方を向くと、大きな雄叫びをあげて突っ込んできた。


「こうなっては仕方ありませんね……」


 スージーが警棒を構えてゴブリンロードと対峙する。

 ゴブリンロードは、その異様な体躯に違わず、圧倒的なパワーを持っていた。スージーの警棒の鋭い打撃も、分厚い皮と筋肉に阻まれ、決定打にならない。ロードの棍棒が振るわれるたび、凄まじい風圧と衝撃が洞窟内に響き渡る。


 スージーは素早い動きで間合いを詰め、懐に入り込もうとするが、ゴブリンロードはその巨躯に似合わない素早さでそれを許さない。

 互角の戦いを繰り広げているようには見えるが、ライナスたちを庇いながら戦うスージーの動きに、少しずつ疲労が見え始める。


「スージーが、苦戦している!?」


 ライナスは目をカッと見開いた。スージーのピンチが、彼にとっての絶好のチャンスだと思えたのだ。


「いけない! これは勇者である私が助太刀に入るべき展開だ! いまこそ私の力を示す時!」


 ライナスは鋼の剣を構え、スージーとゴブリンロードの間に割り込もうと突進した。


「ライナス様! おやめください!」


 スージーは、ライナスの突発的な行動に気づき、一瞬だけゴブリンロードから目を離し、振り返ってライナスを止めようとした。


 その一瞬の隙をゴブリンロードは見逃さなかった。

 ゴブリンロードは獰猛な笑みを浮かべ、巨大な棍棒を大きく振りかぶり、全体重を乗せてスージーの体へ叩きつけた。


 ドォン!


 鈍く、重い音が洞窟に響いた。スージーはなんとか警棒で防御することは間に合ったが、その体はまるで木の葉のように吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられた後、ドサリと崩れ落ちた。警棒は手から離れ、冷たい地面を転がっていった。


「スージー!」


 ライナスは血の気が引くのを感じ、崩れ落ちたスージーのもとへ駆け寄った。


「大丈夫か、スージー!? しっかりするんだ!」


 ライナスが震える手でスージーを抱き起こそうとした、その背後では、勝利を確信したゴブリンロードが、巨大な棍棒を天高く振り上げ、ライナス王子目掛けて、まさに振り下ろそうとしていた。

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