第5話 始まりのアルカ村

​ 馬車は順調に王都の北に位置する平原を走り抜け、最初の目的地であるアルカ村へと向かっていた。

 ​道中、ライナス王子は馬車からの景色に目を輝かせ、終始落ち着きなくソワソワしていた。


​「スージー! レイリア! これが冒険だ! 馬車は揺れるが、空気が美味い! 物語の始まりの予感がする!」


 ​レイリアは馬車の窓枠に肘をつき、額に手を当てていた。「平和すぎる道中」こそが、彼女の計画通りであり、最も望ましい状況だったが、ライナスの底抜けに高いテンションのせいで、既に胃の痛みが始まっていた。


​(本当に魔王にでも会った方が、このバカ王子は少しは静かになるのではないかしら? ……いえ、それだけは駄目。計画通り、魔王ではなく適当な魔物でも倒して、それを手柄として旅を終わらせるのよ。魔王討伐なんて、そんな危険な真似、させる訳にはいかないわ)


 ​ライナスは、御者席に座るスージーに身を乗り出し話しかけた。


​「スージー! 物語では、最初の村に着く前に、怪しげな魔法使いや心優しき野盗に会うはずだが! そのようなイベントはまだか!?」


 ​スージーは御者席から微動だにしない。彼女の視線は前方の道路に固定されており、ライナスとの会話は必要最低限の業務連絡に留めていた。


​「ライナス様。現実の旅では、そう都合よく怪しげな魔法使いや優しい野盗は現れません。現れるとしたらただの野盗、あるいは山賊です。その場合、私が対処しますので、ライナス様はキャビンから絶対に出ないでください」


 ​馬車がアルカ村が見える位置まで来た頃、ライナスの興奮は最高潮に達した。


​「あれに見えるはアルカ村か!? ついに来たぞ! ここが、真実の愛を探す勇者の物語の最初の舞台だ! 村人たちは、さぞかし私を歓迎してくれるだろう! ……いや、いけない! 勇者たるもの、自分から身分をひけらかすものではなかった!」


 ​ライナスは慌てて車内の隅に積まれていたマントを引っ張り出すと、それを深く被り、顔を隠した。その姿は、高貴な衣装の上にボロボロのマントという、大変不審な旅人そのものだった。

 ​その様子を背中越しに確認したスージーは、冷たい声で釘を刺した。


​「ライナス様。村人には、王子の素性が絶対にバレないようにしてください。勇者としてチヤホヤされたい、というおふざけは厳禁です。村がパニックになります」

​「ち、チヤホヤなど! 私はただ、勇者として、困っている村人たちを救いたいと考えているだけだ!」


 ​ライナスはスージーの圧力に、しゅんとしてマントを少し緩めたが、その瞳には諦めきれない「勇者としての自意識」が燻っていた。


 ​レイリアは、隣で頭を抱えた。


​(バレないようにですって? あの格好で村に入れば、逆に目立つことこの上ないわ!)


​ そうこうしている内に、馬車はアルカ村に入った。時刻は既に夕刻を過ぎ、村の家々から夕食の匂いが漂ってくる。


 ​スージーはそのまま馬車を村で一番立派な屋敷の前で止めた。どうやら事前に、村の構造まで完全に把握していたらしい。

 ​レイリアはすぐに馬車を降り、埃をはらうと、ライナスとスージーに向き直った。


​「では、最初の仕事ですわ、ライナス様」


 ​彼女は淑女の笑顔を浮かべた。その笑顔の裏側で、レイリアは焦りながら考えていた。


​(この村で簡単な魔物討伐の噂を見つけ、ライナス様を満足させられる簡単な手柄を立てさせる。そして、『真実の愛の証明には時間がかかりすぎる』と説得し、魔物討伐の手柄を持って王都へ戻るよう促す!)


​「まずは、村の長に挨拶をし、魔王についての情報を集めましょう。勇者としてではなく、通りすがりの親切な旅人として、ね」


 ​ライナスは「うむ!」と力強く返事をし、スージーは無言で屋敷のドアをノックした。

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