第4話 旅立ち

​ 翌日。王城の正門前には、早朝にもかかわらず多くの見物人が集まっていた。婚約破棄騒動の当事者であるライナス王子が、魔王討伐の旅に出るという噂は、既に王都中に広まっていたからだ。


 ​ライナス王子は、真新しい旅装に身を包み、目を爛々と輝かせていた。


​「レイリア、スージー! 旅立ちの日だ! これが真の勇者としての第一歩となるのだ!」


 ​王子は、馬丁が引いてきた一頭の白く美しい馬を見つめた。その馬体は、まさに物語に登場する勇者の愛馬にふさわしい。


​「さあ、レイリア! 君は私の後ろに! スージーは……君の分の馬も用意されているな?」


 ​しかし、レイリア姫は、ライナスの背後にあるキャビン付きの、やたらと頑丈そうな二頭立ての馬車を指差した。


​「ライナス様。誠に申し訳ございませんが、その白馬は宣伝用です。我々が使うのは、こちらになります」

​「なんだと? 幌馬車? レイリア! 勇者が幌馬車で旅立つ物語など、どこにある!?」

​「現実の世界にはございますわ、ライナス様」


 ​レイリアは優雅に微笑み、心の中で冷笑する。


​(馬車の方が、道中雨風を凌げるし、横になって休めるじゃない! 白馬なんかで荒野を走れるわけがないわ! 少しは考えなさいよね!)


​「これはこれから始まる長い旅路のためです。道中は過酷。荷物の運搬や、雨風を凌ぐ場所としても優れています。……それに、ライナス様が白馬に乗って旅などすれば、寄る先々で大騒ぎになってしまいますわ」


 ​ライナスは一瞬ひるんだが、「うむ……確かに。私という勇者が目立って旅をしては、魔族たちも怯えて身を潜めてしまうかもしれんな!」と勝手に納得した。


 ​レイリアがキャビンに乗り込もうとするその横で、メイド長スージーが静かに、そして容赦なくライナスの荷物をチェックしていた。


​「この分厚い本は?」


 ​馬車の外でスージーの荷物チェックを、冷や冷やしながら見守るライナスに、スージーが『騎士王の物語』を指差す。


​「それは私の聖典だ! 私が目指すべき未来のすべてが記されている!」

​「不要です。目指すべき未来は、その時々の状況により判断すればいいのです。……泣かないでください。捨てはしません」


 ​涙目のライナスを横目に、スージーは淡々と告げ、本を荷台の隅に追いやった。

 ​そして、スージーはライナスがこっそり隠していた毛布の下から、昨日没収したはずの、煤けた鉄製フライパンを再び発見した。

 ​スージーは無言でフライパンを掲げ、冷たい視線をライナスに突き刺した。

 ​ライナスは慌てて弁解した。


​「いや、ス、スージー! これは必需品だ! 旅の途中で私のフライパンが必要になることもあるかもしれんだろう!」


 ​スージーは返事をしなかった。調理道具など、道中必要になるようなものはすべてスージーが準備している。スージーはため息を吐きながら、ただ「料理などしたことも無いくせに……」と呟き、そのフライパンを荷台の隅に放り投げた。


​「……私の職務は、ライナス様の生命と健康の管理でございます。不要なものは全て排除します」


 ​ライナスは、スージーに頭が上がらないため、荷物が没収されていくのを「ぐぬぬっ……」と、おかしなうめき声を上げながら見守るしかなかった。レイリアはそれを見て、満足そうに口元に笑みを浮かべた。


 ​準備が整い、いよいよ馬車で出発しようというその時。ライナスは一目散に馬車の御者席に駆け寄った。


​「馬車は勇者が自ら駆るものだ! 御者は私に任せろ!」


 ​ライナスが手綱を取ろうとした、その瞬間――


​「お待ちください、ライナス様」


 ​メイド長スージーは無言でライナスの襟首を掴むと、彼を後部のキャビンに押しこんだ。その動作は流れるようにスムーズで、ライナスはまるで首根っこをつかまれた子猫のように身動きが取れなかった。


​「御者は、私が務めます」


 ​スージーは淡々と告げると、手綱を握り、戦車でも運転するかのような厳しい視線で前方を睨んだ。


​「ライナス様はレイリア姫の傍で、ご自分の今後の計画について考えていてください」


​ ライナスはすごすごとキャビンの中で、レイリアの隣に座った。レイリアは心の中で「ナイス、スージー」とメイド長を心から褒め称えた。


 ​馬車が動き出す。ライナスは座席から身を乗り出し、手を振りながら高らかに宣言した。


​「王都よ、さらばだ! 私は必ず、魔王を討伐し、囚われの姫を助け、真実の愛を証明して帰ってくるぞ!」


 集まっていた群衆は、ライナスの隣に座るレイリアの姿を窓越しに確認しながら、ライナスの宣言に困惑しながらも歓声をあげ始める。


 ​群衆に満面の笑みで手を振るライナスの隣で、レイリア姫は馬車のキャビンの窓から、日に日に衰退している祖国の方向を遠く見つめていた。


​(真実の愛……結構だわ。私は私の国を救う。このバカ王子を、適当な手柄を立てさせて帰国させ、婚約を再締結させ、結婚する。それこそが、今私に必要な英雄譚だわ)


 ​レイリアは表情を引き締めた。

 ​そして、御者席で手綱を握るメイド長スージーは、キャビンから群衆へにこやかに手を振り続けるライナス王子の背中に向かって、無言で殺気にも似た視線を放っていた。(おふざけ、厳禁!)


 ​こうして、純粋な妄想、冷静な策謀、圧倒的な監視という三つの要素が織りなす、ライナス王子の真実の愛を探す旅は、賑々しくも、どこか噛み合わない足取りで、王都の門を出たのだった。

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