第3話 旅のお目付け役決定す

 婚約破棄を宣言したあの日、大聖堂の雰囲気は文字通り氷点下に凍りついた。


 ​その夜、ライナス王子は当然ながら、ゼイラム王から王宮史上最も厳しい叱責を受けた。「物語と現実の区別もつかないのか!」という父王の怒号は、王子の自室の分厚い扉をも突き抜けて響き渡ったという。


​「ですが、父上! 魔王討伐なくして、私の『愛』の証明はあり得ません! 私は物語の騎士王のように、真の勇者として旅立たねばならないのです!」


 ​ライナスは一歩も引かなかった。彼の純粋な(そして馬鹿げた)信念は、王の威厳をもってしても揺るがなかった。


 ​結局、この危機を収めたのは、またもやレイリアの「健気さ」だった。


​「陛下、どうかお怒りを収めてください。ライナス様は、今はただ純粋な勇者の熱病に浮かされているだけなのかもしれません。婚約破棄の話は一時保留とし、望み通り彼を旅立たせてはいかがでしょうか?」


 ​レイリアはそう進言し、さらに畳みかけた。


​「そして、その旅に私を同行させることで、我が国との盟約の体裁を保つのです。私が傍で、ライナス様をお支えします。そして、必ずやライナス様が、皆様に納得していただける輝かしい功績を手に、無事に帰国できるよう、私も微力ながらも尽力いたします!」


 ​レイリアの提案と、完璧な献身の演技に、ゼイラム王は疲弊しながらも頷いた。婚約破棄の取り消しは無理でも、保留で済むのなら良しとするしかなかった。


 その後、レイリアの提案に乗ることにしたゼイラム王が出した​唯一の条件は、信頼できるお目付け役をつけること。ライナスの身勝手な行動により、レイリア姫に万が一のことがあれば、小国との盟約が完全に破綻する。そうならないようにするための、最低限の条件だった。


 ​翌朝。ライナス王子は、自分の部屋で興奮気味に旅の準備に励んでいた。


​「よし! この『騎士王の物語』は肌身離さず持っていこう。そして、この古い鉄製のフライパンも。物語では、勇者は時に料理もするからな! まずは旅の道中、飢えた人々に私の手料理(料理などしたことはない)を振る舞うことで、勇者たる自分の使命を証明していかねば!」


 ​純粋な情熱に満ち溢れたライナスが、旅の荷物の中に使い古された調理器具を詰めていると、部屋のドアがコン、コンと控えめにノックされた。


​「入れ!」


 ​ドアが開き、入ってきたのは、ランドール王城のメイド長スージーだった。


 ​彼女は、瞳の色と同じ黒い髪の毛を後頭部で団子型にまとめ、体には清潔な白いフリル付きのエプロンを身に着けているが、その引き締まった体躯と、一切の感情を読み取らせない表情は、普通のメイドとは一線を画していた。王城の裏では「城壁を越える戦闘力を持つ」と噂される、いくつもの格闘技をマスターした手練れである。ライナスの幼少期から、彼女は専属の世話役として、文字通り「厳しい指導」をライナスに施してきた。


 ​ライナスはスージーの姿を見た瞬間、首が縮むほど、ビクッと大袈裟に肩を揺らした。


​「ス、スージー! どうした? 旅立ち前の部屋の抜き打ちチェックか!? 私は昨夜きちんと風呂に入ったぞ!」


 ​スージーは無言で一礼し、淡々と言葉を告げた。


​「ライナス様。この度、王命により、旅のお目付け役兼、付き人として同行させていただくことになりました」


 ​彼女は、ライナスが旅の荷物に詰め込もうとしていた鉄製フライパンを、無言で取り上げ、一瞥した。ライナスは、まるで試験官に悪い点をつけられた生徒のように、顔を青くする。


​「……私の職務は、ライナス様およびレイリア姫の生命と健康の管理でございます。そして、ライナス様の行動が王国の品位を貶めないよう、監督することです」


 ​スージーはフライパンを荷物に戻すと、冷たい視線をライナスに向けた。


​「レイリア姫と共に、私がライナス様の旅を監視させていただきます。魔王討伐、心より応援しております。……くれぐれも、おふざけのないよう。よろしくお願いします」


​(おふざけなんて一切ない! これは真実の愛を探す崇高なる旅なのだ!)


 ​心の中で絶叫しつつも、ライナスは目の前のスージーに逆らうことができず、ただ小さく頷くことしかできなかった。


​「……う、うむ。心強いぞ、スージー! では、頼んだ!」


 ​かくして、ライナス王子の真実の愛を探す旅は、策士の姫と最強のメイド長という、二人のお目付け役によって、出発前から完全にその主導権を奪われてしまったのだった。

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