第2話 姫の策謀
大聖堂を支配したのは、沈黙から一転した、耳を劈くような怒号と大混乱だった。
「ライナス! 正気か!? この婚約破棄が、我が国と隣国との関係に与える影響を考えろ!」
ゼイラム王の、祭壇に響き渡る怒声が、混乱をさらに煽った。
隣国の要人たちは顔面蒼白。特にレイリアの父王は、国が崩壊する未来を幻視したかのように、その場で卒倒寸前だった。シルフィーナ王国は、この盟約なくしては、周囲の脅威を前に風前の灯火だ。
その渦中、ライナスはというと、胸を張って神官に尋ねていた。
「神官よ。私は旅に出る。魔王討伐と囚われの姫の救出、そして真実の愛の証明のためにだ。旅立つ勇者への祝福の言葉をいただけるかな?」
(誰が勇者だ! この生粋の大馬鹿者め! この婚礼は、私が国を救うための唯一の望みだったのに……)
レイリアは、表面上は顔色を失ったままだったが、頭の中はとてつもない速さで、状況を分析していた。
(だけど、今このバカ王子に何を言っても無駄だろう。結婚を強行しようものなら、彼は逃げ出すか、最悪、儀式の最中に窓を破ってでも飛び出していってしまうだろう……。そうなれば、シルフィーナ王国を救うどころか、頼りのランドール王国の国際的な信用の失墜にも繋がってしまう……)
レイリアの思考は、ライナスが倒すと明言した「魔王」の存在へと飛んだ。
魔王は確かに存在する。北の果て、荒れ果てた大地に居城を構えて。魔王はこれまで何度か勇者と呼ばれる存在に倒されてきたと、歴史書に記されている。どこからともなく勇者が現れ、魔王を倒しても、魔王は復活してしまうのだ。復活にかかる年数は、歴史書にも正確には記載されていないが、数百年はかかるようだ。そして今は、今代の魔王が復活してちょうど十年の月日が経とうとしている。
しかし、今代の魔王は、復活してからずっと城に閉じこもっていると聞く。魔王の復活により魔族の動きが活発になったとは聞くが、目立った被害情報は聞いたことがない。
(それに……囚われの姫なんて、それこそ建国神話の騎士王の物語の中だけの存在よ。魔王が閉じこもっているなら、どこに姫を攫う暇があったというの? そんな話、聞いたこともないわ)
しかし、ライナスの妄想を否定すれば、彼はさらに反発し、暴走するだろう。
(考えろ、考えるのよ、レイリア。今私が、祖国を救うための最善の一手を!)
レイリアの表情から、一瞬にして迷いが消えた。彼女は、その場にいる誰もが予想だにしなかった、最悪の状況を好転させる唯一の策を選択した。
レイリアは、涙を拭う仕草をしながら、ライナスの父、ゼイラム王に深く頭を下げた。
「陛下。どうか、ライナス様をお許しください。彼の真実の愛を求める心は、誰よりも純粋なのでございましょう」
その完璧なまでに健気な言葉に、参列者の間に同情の念と、レイリアへの少しの敬意が広がった。
「しかし、レイリア姫……それでは盟約は、貴女の国はどうなるのだ?」
ゼイラム王が苦悶の表情で問う。
その問いを聞いたレイリアは、毅然とした表情でライナスに向き直った。
「ライナス様。婚約破棄、謹んで受け入れさせていただきます。私のような者では、あなたの求める真実の愛には確かに足りないのでしょう」
ライナスは「レイリア!」と感激の声を漏らした。
「ですが、お願いがございます」
レイリアは、今度はライナスの前にそっと、流れるように膝をついた。この完璧なヒロインの仕草に、参列者たちは再び息を飲んだ。
「ライナス様の真実の愛を探す旅に、どうかお供させていただけませんか?」
ライナスは目を丸くした。
「私は、ライナス様のお傍で、その愛の証明が成し遂げられるところを、影ながら見守りたいのです。それが、私に残された唯一の名誉ですわ。それに……」
レイリアは、ここで声を少し落とし、視線を上げ、真剣な瞳でライナスを見つめた。
「魔王を討伐し、真実の愛を見つける……その旅は、あまりにも危険です。私では大した力になれないかもしれませんが、それでも私にライナス様の手助けをさせていただけませんか? 私も簡単な癒しの魔法くらいは使えます。必ずお役に立って見せます! あなたの旅が無事に終わるまで、どうか、お傍に置いてください」
レイリアの瞳は、健気さと愛する者を案じる切なる哀愁に満ちていた……ように周りからは見えた。
(よし、これでいいわ。このバカ王子に同行することで、婚約を完全に破棄した体裁だけは避けられる。そして、このバカ王子の旅路をなんとしてでも成功させ、最終的に私との結婚を成立させてみせるの! そして、私は祖国を救うのよ!)
ライナスは、レイリアの言葉に感涙し、その手を取った。
「レイリア! 君はやはり私の運命の相手だ! 真実の愛の証明こそないが、その魂の美しさは本物だ! 君のような健気なヒロインがいれば、私の旅は百人力だ!」
ライナスの感動的な言葉を聞きながら、レイリアは奥歯を強く噛みしめ、心の中で毒づいた。
(運命の相手だって言うなら素直に結婚しときなさいよ! このバカ王子!!)
こうして、ライナスの真実の愛を探す旅は、レイリアの祖国を救うための「策略の旅」という、誰も気づかない裏テーマを抱え、幕を開けることになったのだった。
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