「名前だけでも覚えて帰って」
D野佐浦錠
「名前だけでも覚えて帰って」
「名前だけでも覚えて帰って」なんて恥ずかしげもなく言うバンドは嫌いだ。
あなたたちには音楽があるだろう。音楽で語り、音楽こそを記憶に残させろ。少なくともそういう気概でいろ。そんな風に私は考えていた。
この日のトリのバンドもMCでこの口上を使ったから、私は全然期待しなかった。軽薄そうな金髪の、若いギターボーカル。その仲良し連中といった印象の他のメンバーたち。
地元の小さなライブハウスだ。いつか目の覚めるような超新星が現れることを期待しつつも、今日もそんなことは起こらないんだろうな、という諦めの感情が私の中を占めていた。
演奏が始まる。
――私は度肝を抜かれていた。
イントロから一分の隙もなく繰り出されたのは、あまりにも鮮やかで
革命的なフレーズのギターリフが、凄まじい技巧で軽やかに、けれど魂を殴りつけるような力強さをもって迫ってくる。
ドラムとベースの技術も高みに達していた。粒立った音は背景に没することなく、あくまで正確なリズムを刻みつつもそれぞれが確固たるエモーションを叫んでいた。
ボーカル。爽やかな発声に、人生の深みを感じさせる僅かな
何て美しいメロディラインだろう。季節の移ろいに恋の切なさを重ねた歌詞は、すっと自分の中に入ってきて感性の中で花を咲かせるみたいに広がっていく。文学ぶった気取りがない。実直で前向きなメッセージの中に、泣きたくなるような痛切な響きをも纏って。
宇宙がここで始まったみたいだ――と私は感動に震えていた。全ての楽器とボーカルが、個性を余すところなく爆発させていて、それなのに奇跡のようなバランスで調和している。
僅か数分で、私は完全にこのバンドの虜になっていた。
絶対にこのバンドの名前を覚えて帰らなければ――そう思った。
完全にノーマークだったので、彼らが最初に名乗ったはずのバンド名を覚えていなかった。一生の不覚である。演奏後に、もう一度あなたたちのバンド名を教えてくれ……と私は強く願った。もう絶対に忘れないから。
果たして、演奏は終わり――
「
その名前は、全く覚えられなかった。(了)
「名前だけでも覚えて帰って」 D野佐浦錠 @dinosaur_joe
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