22 えー……

 母さんが区切りをつけたらしく口を閉じてから約三十秒後、俺は口を開いた。

「えー……っとさ、それで、父さんはどうなったの?」

「分からないわ」

「分からないの!? いや、それって、もう食われたってこと? 母さん、殺人罪にならないの?」

「ちょっ、変なこと言わないで、ユーリ。もちろん、事情は聞かれたわ。ほら、クラウス、様の領主であるお父様とか、お役人からとか。でも、不慮の事故ってことになったの。お父さんの幼馴染みの女性も証言してくれて。あれは衝動的になっても仕方がないってね。それにね、ユーリ。お父さんは楽士だけれど魔法も使えたの。変化の魔法は高度な魔法だったけれど、こういう術だって説明したことがあるから、それで解けるはずの魔法力がお父さんには備わっていたのよ」

「え? じゃあ、自分で解けるのに、人の姿に戻ったのに、父さんはここに帰って来ていないってこと?」

「……」

 俺の質問は禁句だったようだった。母さんは数秒とてつもなく無表情になり、そのあと笑顔を作った。

「そうね、ユーリ。でも、元気でいてくれたらそれでいいの。それに、鳥の胃に入って、もしかしたら異世界に飛ばされたのかもしれないし」

「捜索願は出してるの?」

「いいえ。出してひょっこりと現れられたら、恥かいちゃうわ」

 どうやらこの問題は複雑だ。俺はもう掘り下げないことに決めた。

「そうだ、父さんの名前は?」

「名前? マリウスよ。マリウス・パルック」

「……へえ。もしかして、父さんの魔力って、光と相性がいいの?」

「あら、よく分かったわね」

「なんとなくね。ところで、母さんの名字って」

「パルックよ、アリシア・パルック」

「アクアパッツアは?」

「研究所ではそちらで通しているわね。そう言えば、エレノアからの手紙に書いてあったけれど、名字のこと妙に気にしていたそうね」

「うん。珍しい名字だと思って」

「そう? でも、そうかもね。ずっと昔にご先祖が異世界人の言葉に改名したそうなの」

「そうなの!?」

「ええ。言い伝えでは、異世界から戻って来た人が、ご先祖の水を操る魔法を見て言ったそうよ。アクアパッツア、アクアパッツア! 異世界では水に対する最上級のほめ言葉だったらしいわ。それを気に入って、ご先祖が名前を改名したのよ」

「……その異世界帰還者、酔っぱらってなかった?」

「さあ。そんな昔のこと、分からないわよ」

 母さんは笑った。

 酔っぱらってなければ、その異世界帰還者はふざけたやつだな。ありがとうを、もうかりまっかって教えるタイプだ。

 もしくはそいつの異世界は俺のいたところと違って、本当にアクアパッツアという最上級ほめ言葉があったのかもしれない。

 いずれにしろ、他の異世界帰還者がアクアパッツアって料理を情報提供してなくてよかったな。

「そうだ、パルックは? 異世界の言葉?」

「パルックは違うわよ」

「そっか。よかった」

 そうだよな。俺がふざけた異世界帰還者なら、ライトセーバー、とか言っちゃうだろうしな。

「なあに? ユーリ、パルックが気に入ったの? アクアパッツアっていう名字の方が得なのに」

「得? どうして?」

「箔がつくからよ。ユーリが偉大な水色の魔女の息子だって、みんなすぐに分かるのよ!」

 自信満々な母さん。

 そのとき、俺の頭に異世界の記憶が唐突に現れた。

 ――おかあさん、あくあぱっつあっての作ってよ。

 ――ええ? そんなの食べたいの? 塩味の焼き魚にしときなさいよ。絶対焼き魚の方がおいしいわよ。作るの面倒だから言ってる訳じゃないからね!

「……あー」

「どうしたの、ユーリ?」

「いや、なんかどの世界も母親は同じかなあって思って」

「そう?」

「うん」

「そうね」

 母さんはほほ笑んだ。

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