23 魔法

「さて、他に何を話そうかしら?」

「母さん、俺、魔法使いになれるかな?」

「なりたいの?」

「うん」

 俺は大きく頷いた。

「魔力量はとても多い。きっと立派な魔法使いになれるわ。でもね、ユーリ。大きな力を持っていても、それを刃にして、横暴に振り回せば、みんなを不幸にするだけ。大切に、きちんと使いこなせるようになることが大事よ。でないと、私のようになるわ。二人も大切な人を失うような人間にね」

「俺が帰って来たんだから、父さんもきっと帰って来るよ」

「ありがとう、ユーリ」

「うん。あ、そうだ」

 俺は立ち上がって居間のドアの横に行き、置いておいたトランクから本を一冊取り出して椅子に戻った。「もしかして、この本さ、母さんが書いた?」

「『魔法使いの心得』ね。ええ、そうよ。ほら、ここに」

「ああ、ほんとだ」

 作者名は、表紙の下の隅に、小さく記されていた。俺は本の表紙を撫でた。「母さん、俺、魔法、ちゃんとできるかな? やってみたけれど、うまく制御できないんだ」

「窓から落ちたときのこと?」

「うん。それに……」

 俺は宿でクラウスさんにかけた治癒魔法のことを話した。宿全体への影響も。すると母さんは、あらあら、むちゃくちゃね、と言って笑った。

「ざっくりしすぎよ、ユーリ。魔法を使うのは、きちんと呪文やら魔法陣やらを覚えてからでないと駄目よ」

「呪文? クリスティーナさんが俺に治癒魔法をかけたとき、言ってなかったよ」

「心の中で唱えているのよ」

「クラウスさんは? 治癒魔法の呪文なんて、クラウスさん教えてくれなかったよ」

「まだ基礎もできていない人に、高度な魔法の呪文なんて教えないわよ。それでもやらせたのは、あなたの気持ちがうれしかったからでしょうね。クラウスも、一応、とは言え、成功するとは思っていなかったんじゃないかしら」

「そっか、そうだね」

「それにしても、言ってみれば、ユーリは感覚派ね。赤の魔女と似ているわ。逆に白の魔女は緻密派なのよ」

「俺、エレノアねえさんと一緒なの? この世界に来て一番ショックな言葉かも」

「何言ってるの。エレノアもクリスティーナも、幼いころからとても熱心に魔法を勉強して来たのよ。ちゃんと見習いなさい」

 母さんは厳しい顔つきで言った。

「分かってる。冗談だよ。エレノアねえさんには感謝してる。すごく。もちろんクリスティーナさんにも。俺、二人みたいになれるように頑張るよ」

「そうね。ユーリ、でもこれだけは覚えておいて。魔法は人生の補助」

「それ、エレノアねえさんが言ってた。母さんの言葉だったんだね」

「ええ。エレノアたちには随分昔に言ったことだけれど、覚えていたのね」

 感慨深げに頷くと、母さんは続けた。「いい? ユーリ。魔法は付属品。自分が何をするか、何をすべきかが一番大事。その証拠に、あなたを見つけたのは偉大な私でもなくクリスティーナでもなく、エレノアでもない、クラウスだったのだから」

「クラウスさんが……」

 俺は、あまり驚かなかった。それに、納得が行っていた。「やっぱり、知り合いなんだ、クラウスさんと母さん。俺と再会したときの、あなたもそう思うでしょってクラウスさんに言った母さんの言葉、なんかぎごちなかった。クラウスもって言おうとしたんだよね? それにさっき言っていた異世界通信玉を使うのを頼んでいた知人ってクラウスさんじゃない? つまり俺とクラウスさんは知り合いだったってことだよね」

「ええ、ユーリ、全部あなたの言う通りよ。それに、知り合いどころか、あなたが赤ん坊のころからクラウスはあなたと一緒にいたわ」

「赤ん坊のころ?」

「そうよ。クラウスはね、幼いころからうちに出入りしていたの。魔力がとても多いからここで学ばせてやってくれって、クラウスのお父様がおしゃってね。でも、勉強だけでなく、クラウスはあなたの面倒もよく見てくれるようになったの。ほら、さっき話した通り、私とマリウスはケンカばかりしていたでしょ。そんな両親の姿をあなたに見せたくないと思ったんでしょうね。クラウスはあなたをよく外に連れ出していたわ。赤ん坊のころは抱っこやおんぶをして。ちょっと大きくなったら手をつないで。あなたがいなくなる日まで、一番そばにいたのはクラウスよ。おまけにクラウスは、あなたが異世界に行ってしまったあとも、あきらめようとしなかった。湖に何度も潜って。そんなことをしてもしかたがないのにね。結局、あなたが最後に着ていた服を見つけたあと、もうここには寄りつかなくなってしまったわ」

「……クラウスさん、なんでそのことを言ってくれないんだろう」

「さあ。彼なりの考えがあるみたいね。エレノアやクリスティーナにも、自分がユーリを知っていることを言わないでくれって頼んだそうだし。私には、エレノアたちからの手紙でね」

「そう、なんだ」

「ちなみにエレノアやクリスティーナも、幼いころのあなたを知っているわよ」

「そうなの!?」

「と言っても、クラウスほどではないわよ。さっき、私が子供のための魔法塾を開いているって、話したわよね。あの二人の故郷はコルゲニア地方ではなかったけれど、夏の期間限定コースによく参加していたの。クラウスも。私の魔法塾に入塾できるのは才のある者だけ、それに月謝が高いから、大抵生徒は王族か貴族か大商人の子弟なのよ。すごいでしょ?」

「その情報いる!?」

 俺は思わずツッコミを入れてしまった。

「まあまあ。私の他にも魔法塾を開いている魔法使いってけっこういるから、差別化は大事なのよ。それにね、言いたかったことは、蝶よ花よと育てられているから、みんなそれなりに我がままな子が多いってこと。当時も大変だったのよ。エレノアとクラウスなんてよくケンカしてね、と言っても、一方的にエレノアがケンカをふっかけるって感じだったかな。何やらの勝負をするって言って、賭けをさせて、クラウスに一生自分やクリスティーナに敬語を使う約束をさせたりね。三人とも同い年なのよ。そんな日々のある日、幼いユーリにエレノアが触ろうとしたら、クラウスがこう言ったの。触るな! ユーリが殺される! もちろん、いつものクラウスはそんなひどいことを言う子ではなかったわ。でも、ケンカの最中で、つい心にもないことを言ってしまったのね。そのときはさすがにエレノアもショックを受けて。そうしたら、クラウスに誰かがボールにした魔力をぶつけたの。誰だか分かる?」

「クリスティーナ、さん?」

「当たり。大人しかったクリスティーナがね、泣きながらクラウスにいくつもいくつもボールをぶつけたの。エレノアが止めるまでやめなかった。そのときクラウスは抵抗しなかったわ。ボールが当たらないように、あなたを必死に抱きしめていたから」

「……そのケンカ、なんで母さん止めなかったの?」

「あとから聞いたのよ。見ていた他の生徒に。それ以来、エレノアとクラウスはケンカをしなくなってね。おまけに、それまでも仲は良かったけれど、お互いが相手に片思いをしているって思っていたエレノアとクリスティーナが気持ちを確かめ合ってさらに仲良くなったから、まあめでたしめでたしってことだったわ。クラウスにしたら、二人をどうとも思っていなかったのに、それぞれに恋敵だと思われていたんだから、いい迷惑だったでしょうけれどね。あのときも背中にすごくたくさん痣ができていてかわいそうだったわ。まあ、私が治してあげたけれどね」

 俺は、椅子から勢い良く立ち上がった。

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