10 またまた会えた

 クラウスさんはすぐに振り返って、持っていた明かりを二階にいる俺の方に向けてから、こちらに来てくれた。

「ユウ。起きていたんですね」

 俺を見上げて、クラウスさんが言った。

「クラウスさん、俺、下に行きます。ちょっと待っていてください」

 すぐに窓から離れたけれど、

(あ、そうだ)

 俺はまた戻った。

「クラウスさん、俺、ここから飛び降りてみます」

「え?」

「昼間の魔法、もう一度試してみようと思います。もっとうまくできるかも」

「駄目だ。やめなさい」

 クラウスさんが、険しい顔で言った。「ちゃんと階段を使って降りて来なさい。それから、外は冷えるから何か羽織って」

「……分かりました」

 親って人からの連絡を待つ間に、魔法が上手に使えるようになればいいなと思ったんだけれど。

 仕方なく、衣装箪笥を開けてガウンを見つけると、それを羽織った。初めて入室したときからドアの横に置いてあったこちらの世界の靴を履き、部屋を出て階段で一階に下りた。玄関の扉には鍵がかけてあったけれど、勝手に開けた。

 外に出ると、自分の部屋の窓の下の方へと歩いた。庭に淡い光の外灯が点々とあるし、星や月のおかげかけっこう明るい。草の中では虫が鳴いている。建物の角を曲がると、俺の部屋の真下にいるクラウスさんが、二階の窓を見上げていた。もしかしたら、俺がまた顔を出して、飛び降ります、と言うんじゃないかと心配しているのかもしれない。

「クラウスさん」

 俺が走り寄ると、振り向いたクラウスさんはほほ笑んだ。

「ユウ」

「こんばんは、クラウスさん。どうしてここに? 仕事ですか? それとも散歩?」

「違います」

 クラウスさんが、苦笑するようなほほ笑みになった。やばい、俺、ものすごく間抜けなこと聞いたのか?

「え、えっと、じゃあ?」

「ユウが夕食を食べに来なかったと、食堂で働く知り合いに聞いて心配になったので、どうしたのかと仕事終わりに見に来たんです」

「そ、そうだったんだ、すみません、俺、お腹がすいていなかったから、ごめんなさい」

「いや、ユウ、責めている訳では」

 クラウスさんが焦ったように言いながら手を動かし、俺は気づいた。

「あ、火だ」

「え?」

 クラウスさんは左手にカンテラを持っていた。その内部は、火の灯ったろうそくだった。

「部屋にあったランプは、火じゃなかったから」

 ああ、とクラウスさんは頷いた。

「あれは光魔石ですよ。灯る時間を指定したり、光度を段階的に変えられる作用を加えたり、といった魔法をかけて使うものです」

「へえ、便利ですね。クラウスさんは使わないんですか?」

「あの石は高価なんですよ。時と場所を選んで使います」

「そっか、ここが迎賓館で、俺がいい部屋を使わせてもらっているからか……」

 俺はカンテラに目を落とした。光魔石の光より火の光の方がなんだか安心するのはなんでだろう。あちらの世界に長くいたからかな。

(ん?)

 髪に何かが触れた。俺は目を上げた。クラウスさんのカンテラを持っていない方の手が、俺の頭のそばから離れるところだった。

「髪が濡れていますね」

 クラウスさんの青い目が揺れる。

「あっ、はい、さっきお風呂に入ったから」

 俺はなんだか焦って言った。

「では、もう部屋に戻った方がいいですね。冷えてしまう」

「え? いえ、大丈夫です。俺、昼食のあと寝ちゃって、今は、眠れないんです。いろいろ考えちゃうし。だから、クラウスさんともう少し話がしたいです」

「寒くはないですか?」

 クラウスさんは心配そうに尋ねる。

「はい、全然。こうやってガウンも着てるし」

 俺が両腕を広げて言うと、

「そうですね」

 と、クラウスさんはくすりと笑った。「では、もう少し話しましょう。いろいろ考えるって、どんなことを?」

「それは、いろいろで……」

 俺は言葉に詰まった。

「ユウ?」

「あの、クラウスさん、俺のこと、近衛隊に入れてくれませんか?」

「え?」

 クラウスさんは困惑したような顔になった。

 当然だ。自分でも、唐突過ぎるって分かっていた。でも、言葉は止まらなかった。

「もちろん、難しいって分かってます。騎兵とか、俺、馬に乗れないし、絶対無理だし。でも、歩兵とか、あ、入隊試験とかあるのかな、兵士とか無理でも、雑用係とか、そういうので。近衛隊が無理なら、どこか別の軍……」

「ユウ。そんな無理に軍隊に入らなくても」

 クラウスさんが強張った顔で、俺の言葉を遮った。

「でもっ、クラウスさん、俺、何もできないから。エレノアねえさんやクリスティーナさんの手伝いをできないかなって一瞬考えたけど、クラウスさんみたいな優秀な人でも助手なのに、俺なんて変な魔法しか出せなくて絶対無理だし。だから俺、この世界で自分ができることを探さないと」

「ユウ。本当に、そんなことは、今考えなくてもいいんですよ」

 クラウスさんは、なだめようとするかのように優しい声音で言う。

 けれど、俺は首を横に強く振った。感情が昂って抑えられなかった。

「だってクラウスさんっ、もし親が俺をいらないって言ったら、俺、この世界で一人なんだよ。おまけに、みんながいるあっちの世界には戻れなくて、俺はみんなのことを忘れるんだ。それって、本当に、俺は一人きりになるってことなんだよ。だから、だからっ、ここで一人で生きていけるようにっ、ちゃんと生きていけるようにっ、何かできるようにならな……」

 言葉は途切れた。

 クラウスさんが片腕で、俺を抱き寄せたからだ。

 俺は驚いて、一瞬息が止まった。

「クラウスさん……?」

「そんなことは考えなくていい」

 耳元でするクラウスさんの声は、少し震えていた。「君は大丈夫。大丈夫だから」

 クラウスさんの腕に、力がこもる。


 俺は、目から涙がこぼれるのを、止められなかった。

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