第32話「策動の北部戦線」
――ケアン北東部・コロンゴ軍前線駐屯地。
夜明け前の薄明かりの中、二つのACE部隊が同時に帰還した。
ホワイトファング隊とレッドホーン隊――かつて峠で肩を並べた精鋭たちが、再び同じ地に立つ。
「おぉ、コロンゴのエース様のご登場か!」
ライアンが珍しく冗談交じりに笑い、レイが肩を叩く。
「そっちこそ派手にやったらしいな。敵の新型ACE追い払ったって?」
「ハッ、レッドホーン隊にかかりゃ楽勝よ!」
冗談半分のやり取りに、久しぶりの笑いが駐屯地に広がった。
だが、キースはふと周囲の静けさに気づく。
「……しかし、ここ、駐留部隊が俺たちだけじゃないか?」
ミリィも眉をひそめた。
「確かに。後方警備の部隊がほとんどいない……」
その疑問に、オセリス大佐が静かに答える。
「本隊には別命を与えてある。今ごろは――海の方で“準備”をしている。」
「準備?」
「お前たちは次の要だ。疲れを取っておけ。戦いはこれで終わりじゃない。」
「なるほど、ノースブリッジを囮に勢力を集中して第八艦隊を叩く訳か。」
ダグラスがニヤリと笑い、オセリスの瞳を見た。
キースはまだ全貌を掴み切れなかったが、自分たちが“次の戦いの鍵”だと悟っていた。
(ケアンの皆が第八艦隊を抑えるなら――俺たちは、ノースブリッジを守り抜く!)
――ケアン沿岸沖・エウロパ第八艦隊旗艦〈ガロア〉。
艦隊は作戦変更により、ケアン方面からノースブリッジへ向けて間延びした陣形を取っていた。
デュラン中将は険しい顔で海図を見つめる。
「良いか、ケアンを攻略すると同時にノースブリッジまで一気に占領する。
霧も晴れた。進軍ルートの森に潜むゲリラを艦砲射撃で一掃しろ。」
「了解! 第1・第2射撃群、照準完了!」
砲声が轟き、海岸線の森林が炎に包まれた。
やがて通信士が叫ぶ。
「着弾確認! 上陸部隊、展開開始!」
――だが、その瞬間。
「なに!? 横から攻撃!?」
海岸の陰から、無数の光弾が上陸艇を貫いた。
爆発が連鎖し、海面を炎が覆う。
「敵部隊、側面より急襲! 機甲部隊です!」
ジョシュ・サンダース少佐が歓喜の声を上げる。
「大佐の言う通りだ! 行け行けぇー! 上陸を許すなー!」
揚陸艇が次々に停止するのを確認すると、彼は叫んだ。
「よし、自走ミサイルランチャー展開! ありったけぶち込め!」
海上に無数の光跡――対艦ミサイルが飛翔した。
「対艦ミサイル!? こんな至近距離に!?」
デュランが振り返る。
「防御システム展開急げ――!」
轟音。艦橋が揺れ、通信が一斉に途絶する。
「駆逐艦〈リーマン〉轟沈! ミサイル艦〈ヒルベルト〉炎上!」
「ばかな……こちらの行動を読まれていたのか!」
デュラン中将は歯を軋ませ、即座に命令を下した。
「ケアン基地攻略作戦を中止。被害艦艇を救助しつつ、全艦沿岸から後退せよ。」
その頃、海岸線を見下ろす丘の上で、オセリスが双眼鏡を下ろした。
「……敵艦隊、進路変更確認。予定通りだ。」
副官が息を呑む。
「まさか、このためにケアン基地の部隊を――」
「敵の目を利用しただけだ。これで第八艦隊の牙は折れた。あとは――」
オセリスは薄く笑った。
「ホワイトファング隊、レッドホーン隊出番だ。お前たちで“ACEの真価”を見せてやれ。」
――ノースブリッジ郊外。
エウロパ軍主力は、守備兵がわずかと判断し、無血開城を想定して進軍していた。
だが、街に踏み入れた瞬間――屋上から一斉に砲火が降り注ぐ。
「伏兵!? 馬鹿な、敵は撤退したはず――!」
霧を裂き、二つの光が舞い降りた。
「ホワイトファング、迎撃に入る!」
「レッドホーン、援護する!」
ACE部隊の連携は見事だった。
ビルの陰を縫い、屋上を駆け、狙撃と白兵の連携で敵陣を切り裂く。
デュランは市街の映像を睨み、歯を食いしばる。
「このままでは押し切られる……先行量産型〈ナイトメア〉を投入せよ!」
黒い装甲のACE九機が一斉に飛び出した。
「いくぞ! 性能はこちらが上だ!ナイトメアの名の通り“悪夢”を見せてやれ!」
「……あれは、ミハエル・ファフナーの機体!?」
ミリィが息を呑む。
だが、オセリスの冷静な声が響いた。
「所詮は量産型だ。相手はミハエル本人ではない。恐れるな。」
キースも応じる。
「そうだ。俺たちは最強のACE部隊だ――自信を持て!」
その檄に、ホワイトファングとレッドホーンの士気が一気に高まる。
連携射撃と突撃の波状攻撃。
ナイトメア隊は次々に撃破され、最後の一機が爆炎に包まれた。
「くそっ、敵ACE部隊の性能が違いすぎる――!」
「ばかな、ナイトメアなんだぞ…こんな……!」
中央通りを駆け抜けたキースのACEが、隊長機の頭部を貫いた。
「ノースブリッジ防衛、完了!」
その報告が入ると、全基地が歓声に包まれた。
デュラン中将は静かに指示した。
「……ノースブリッジ制圧作戦、中止。全艦、後退せよ。」
――ルーティア基地。
モニターには、ノースブリッジの戦況が映し出されていた。
ミハエル・ファフナー少佐は腕を組み、冷たい視線でそれを見つめる。
「偵察情報が裏目に出たのか……我ながら情けない。」
通信士が慰める。
「しかし少佐の報告がなければ、提督も動けなかったでしょう。敵が一手先を読んでいたのです。」
「……そうだな。それより問題はノースブリッジだ。あの二部隊――狼付きと赤サイ。Ace of ACEsだ。」
通信先のシェザール少将が問う。
「では、どうする?」
「我々も“対抗する力”が必要です。NuGearの解析を急ぎ、その技術を新型ACEに転用する。」
「ふむ……つまり、“こちらのエース部隊”を創ると?」
ミハエルはわずかに笑みを浮かべた。
「戦争は、技術と才能の競争です。ACEであれば猶更――これ無くば我々は敗北します。」
基地の外では、夜の霧がまた一段と濃くなっていった。
その中に、次なる戦いの火種が確かに灯っていた。
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