第31話「霧の戦場」

――ケアン沿岸、エウロパ軍空母〈ガロア〉。


濃い霧が海面を覆い、第八艦隊は不気味な静寂に包まれていた。

参謀の一人が焦燥を隠せず声を荒げる。


「提督、上陸はまだでしょうか!」

艦橋中央でエティエンヌ・デュラン中将が低く応じる。

「先にファフナー少佐の偵察を待つ。敵も陽電子砲が沈黙したことで混乱しているはずだ。」

「しかし、撃てないと知られれば――!」

「分かっておる。だからこそ、敵の動向を見極める必要がある。」


デュランの言葉に呼応するように、後方の格納庫でACEが始動音を響かせた。

――《グリフォン》。ミハエル・ファフナー少佐の機体である。


「ミハエル・ファフナー、〈プロト・グリフォン〉発進する!」

「宜しく頼む、ファフナー君。」

デュランは一瞬目を閉じ、祈るように呟いた。



――ケアン基地上空。


濃霧を抜けたグリフォンは、半壊したケアン基地の姿を捉える。

「こちらファフナー。基地はもぬけの殻です。しかし艦砲射撃では機能壊滅には至らなかった様です。」

『つまり、駐留部隊は撤退したと?』

「ええ。上陸ルートの偵察を続行します。」


ケアンからノースブリッジへ続く進軍ルートは森林地帯。ゲリラ戦に持って来いである。

グリフォンは高度を上げ、熱感知センサーを展開――無数の反応を捉えた。


「……やはり。補給線沿いにゲリラが展開。進軍ルートはすべて封鎖されています。」


報告を聞いたデュランが唇を吊り上げる。

「“基地を捨てた者の知恵”か。やりにくいな。」


「続けてノースブリッジ方面を偵察します。」

『許可する。だが無理はするな。』


ミハエルは東へ機体を転じる。霧の合間に長い車列――撤退中のコロンゴ軍を視認。

「提督、ノースブリッジ守備隊が退いています。今なら――無血で奪えます!」

『……ほう。戦線を変える機会だな。よくやった、少佐。帰還を――』

「申し訳ありません。特命指令に移行します。」

その瞬間、警報が鳴る。


《敵ACE部隊、急速接近!》

ミハエルがセンサーを切り替える。赤い三機のACE――レッドホーン隊だ。


「ちぃ、目が良いな。赤いACE。通常とは違う部隊か!」

グリフォンが急旋回。光弾が霧を裂き交錯する。


「黒い飛行型ACE、確認!」

オリバーの報告に、ダグラスが冷静に応える。

「エウロパの新型か。ならば叩くぞ。」

「空を飛んでますけど!?」ライアンは確認する。

「問題ない。ライアン、俺の踏み台になってブーストジャンプしてくれ!」


「二段ブーストですか!了解!」

ライアンがダグラスを抱え、跳躍――さらにダグラスが上昇ブースト。

瞬時にグリフォンを上回る高度に躍り出た。


「なっ…空戦を仕掛ける気か!?」

「空戦ACEは紙装甲だ。――食らえ!」

ダグラスの弾幕がミハエルの背面を貫く。

ミハエルは急上昇して態勢を立て直すが、オリバーのミサイルが追尾。

「ミサイル!? フレア展開!……この波状攻撃、やるな!」


爆煙を残し、グリフォンは炎を曳いて霧の中へと消えた。


「狼付き以外にも、あんな化け物がいるとはな…」

ミハエルは息を吐き、戦場を後にする。

「目標を変更、鹵獲作戦を続行する。」


その後、ミハエルはゲリラ拠点を急襲。部隊を半壊させ、ACE一機を鹵獲した――。



――〈ミドガルズオルム〉艦橋。


報告を受けたデュランは淡々と命じる。

「上陸を中止、ノースブリッジへ転進する。」

参謀たちが息を呑む。

「で、ですが――」

「少佐が得た情報を無駄にするな。勝つとは、最も少ない犠牲で次を掴むことだ。」



――同時刻、ガンドラ基地。


ハインライン大佐は冷静な口調で言う。

「コンティ中佐の部隊を撤退させます。連戦続きでは限界でしょう。」

「何を馬鹿な! この都市はバルディーニ閣下の血で奪ったのだ!」

「その思いも理解します。しかし、バルディーニ大将亡き今、統制は崩れつつある。現に南西部は後退している。」

「それは…」


通信が切れた。コンティは静かに呟く。

「昨日、ハインラインの行動ログを確認した。……妙な空白がある。調べろ。」

コンティの眼差しには、ハインラインに対する恨みの表情が滲み出ていた。



――バーミッカム基地。


オセリス大佐は地図を広げ、ホワイトファング隊を前に言う。

「ケアン方面が荒れる。陽電子砲不発で両軍とも混乱している。俺たちが支援すればノースブリッジまで奪還できる。」

ミリィが不安げに問う。

「でも、基地は壊滅状態では?」

「それは後でいい。狙いは第八艦隊の排除だ。準備は整っている。」


キースは黙って敬礼した。

「ホワイトファング隊、出撃します!」


出撃を見送る駐留兵が不安を口にする。

「大佐、守備はどうするのですか?」

「心配無用だ。今頃敵南方軍は混乱中だ。下手をすれば同士討ちもある。」

オセリスの笑みに、兵たちは凍りつくように頷くしかなかった。



――出撃準備区画。


整備音の中、三人は短い会話を交わす。

「なぁ、大佐って何者なんだ?」レイがぼやく。

「峠では信頼できる指導官だったのにね。」とミリィ。

「でも、俺は信じる。俺たちは俺たちの最善を尽くすだけだ。」キースが言い切る。

二人も頷いた。


そこへリュウが現れ、冷たく言う。

「……オセリス大佐をあまり信じない方がいいですよ。」

「どういう意味だ!」

「プライス中佐護衛の件。なぜあなた方を選んだのか――考えたことありますか?」

そう言い残し、リュウは去っていく。

レイが舌打ちした。

「元部下のくせに信用してねぇのかよ。」

ミリィが小さく呟く。

「……でも、“敵”が内部にいるのは確かよ。」


キースは整備中のACEを見上げた。

「オセリス大佐の考え……か。」

その瞳には、霧の奥で燃えるような光が宿っていた。

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