第33話「嵐の導火線」

――ノースブリッジ市・復興地区。


戦闘が終わって数日。

街には焼け焦げた壁と、砲撃の痕がまだ生々しく残っていた。

それでもタロンほどの被害はない。

だが、通りに立つ市民の目は、コロンゴ兵たちに冷たかった。


「……またかよ。相変わらず目も合わせねぇ。」

レイが肩をすくめる。

ライアンが苦笑しながらも、目の奥に微かな痛みを浮かべた。

「まぁ当然だ。彼らにとって俺達”軍人”は不要な存在なんだ。」


ミリィが足を止め、避難所の前で立ち尽くす。

瓦礫を片付ける少女がこちらを見上げ、震える声で言った。

「……どうして、守ったって言えるの? ここ、燃えたじゃない。」

ミリィは言葉を失い、視線を落とす。

「……守ってもこれじゃ…私たちの戦いに意味はあるの?…ずっとこれじゃ…もう…」


返す言葉を見つけられぬまま、キースは拳を握りしめた。

(俺たちは戦って、守ったはずだ。けれど、誰も“感謝”なんてしない――)


その時、オセリス大佐の声が無線に響いた。

「主要幹部を集合させよ。前線指令会議を行う」


――ノースブリッジ郊外・臨時指揮所。


地図上には、ケアン・ノーズブリッジ・バーミッカムの三角地帯が描かれ、

その中央に小さく「第八艦隊撤退」と赤い印がつけられていた。


オセリスは静かに指先を滑らせる。

「サンダース。ケアン基地の修復と、沿岸防衛を任せる。」

「了解。地対艦設備の再配備及び基地管制・指揮施設の復旧を進めます。」

「都市防衛はレッドホーン隊が臨時に指揮を執れ。」

「は、都市復旧を支援しつつ警戒を続行します。」

ジョシュ・サンダース中佐とダグラス・マクレガー大尉は敬礼し命令を拝領する。

「ホワイトファング隊は南部――タロンを落とす。敵は混乱しているはずだ」


オセリスは窓の外、遠くの灰色の空を見た。

「タロンを取り返せば開戦前まで戻せる。」

「しかし、敵の和平提案を逆手に取っての北部集中作戦…お見事です。」

士官の一人が言うと、オセリスは表情を変えぬまま答えた。

「クタンやプライス、ハリソンには悪いが、“信念”だけでは戦はできん。時として敵の“信念”すら利用する――それも戦略だ。」


キースは大佐の一言に疑問を抱えながらも、敬礼を返した。

「ホワイトファング隊、バーミカッム基地への帰投準備に入ります。」



――エウロパ・ガンドラ基地/情報局作戦分析室。


分厚い書類と暗号記録が積み上げられた部屋。

ダリオ・コンティ中佐の部下がモニターに映るデータを見つめていた。

「くそ、ハインラインめ、昨日の行動ログがまるごと抜けてる」


その時、ドアが開いた。

「探しているのは、私の行動か?」

低く通る声。ハインラインが姿を現した。


コンティの部下は思わず立ち上がる。

「大佐……! あの、失礼ながら――」

「よい。隠すつもりもない。昨日はオセリスと停戦交渉をしていた。」


コンティの部下は驚く。

「て、停戦交渉!? 敵将と!?」

「そうだ。私は、これ以上の無益な流血を止めたかった。それだけだ。」


ハインラインは窓の外を見やる。遠くで陽光が雲を裂き、

その一筋が彼の顔に差し込んだ。


「だが――奴は私を利用した。交渉条件で南部を抑え込んで北部に戦力集中させていたのだ!」

怒りに拳を握る。

「“和平”を掲げながら、戦略で私の信念を裏切った!これほどの屈辱があるか!」


沈黙が落ちた後、ハインラインは冷たく言い放つ。

「バーミッカム基地は今、手薄だ。コンティに伝えろ。すぐに攻め込めと。

 私も直ぐに部隊を整え出撃する。ーー我々の”信念”を裏切った代償、思い知らせてやる!」


その言葉に、コンティの部下も確信し敬礼した。

ハインラインの瞳には、烈火のような怒りが宿っていた。



――バーミッカム基地。


朝霧の中、警報が鳴り響く。

「南東より敵部隊接近! 識別信号――エウロパ軍です!」

「数は!?」

「少なくとも三個大隊! 空中支援付き!」

「どういうことだ!? タロン駐留軍の全軍じゃないか! 大佐の話と全然違うぞ!」


基地司令代理が叫んだ。

「主砲、照準合わせろ! 前線部隊、交戦準備!」

だが次の瞬間、砲塔が爆発。

「やられた!? 早すぎる!」


空を滑空しながら飛来するACEの群れ――インプの先行部隊だ。

コンティ中佐は意気揚々と指令を下し続ける。

「進めー!今こそバルディーニ閣下の弔い合戦の時だ!」

続くゴブリン、オーガの混成軍はバルディーニ流の怒涛の突撃を見せる。

煙幕と共に基地正門を突破し、次々と施設を制圧していく。

「撤退命令だ! 後方へ――!」

通信が途絶え、司令棟が炎に包まれる。

わずか一時間足らずで、バーミッカム基地は完全に沈黙した。



――バーミカッム基地への帰路・輸送車両内。


報告を受けたオセリスは眉を寄せる。

「……何だと?バーミッカムが、落ちただと?」

副官が頷く。

「はい。敵は南から高速で接近中。指揮官はハインライン大佐です。」

「……あの男…そうか、駐留軍の”信念”の逆鱗に触れたか。」

低く呟き、進路を即座に変更する。

「ケアン基地へ戻る。戦線を再構築する。」


キースはたまらず口を開いた。

「大佐、ホワイトファング隊だけでも、バーミッカム救援に向かわせてください!」

レイも続く。

「このままじゃ、前線は持ちません!」


オセリスはしばらく沈黙し、二人を見た。

その瞳にはわずかな光が宿る。

「……確かにお前たちが現れれば敵の士気を折る事は出来る。よかろう。だが無理はするな。」

「了解!」


ミリィが小さく呟く。

「基地の皆を助ける。私たちにしか出来ない事…」

キースは頷いた。

「ホワイトファング、出撃準備!」


ホワイトファングが降り立ち、再び戦火の地へと向かっていく。

遠くの空には、再び黒煙が立ち上っていた。


――バーミッカムの炎が、北と南の運命を再び結び直そうとしていた。

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