第22話「炎上する街」

――タロン市東部・夜明け前。


薄霧が市街の上を流れ、遠く渓谷の方角から低い地鳴りが響いていた。

まだ戦火の臭いが届かぬこの街に、わずかな静けさが残っている。

市庁舎の屋上で、クタン大佐は煙草をもてあそんだ。


「防衛線の再構築は?」

参謀が疲れた声で答える。

「市街東部は既に敵の進出圏内です。避難誘導は半数完了……残りは老人と子どもたちです。」

「西部地区は市民退避を支援中。森林経由での撤退路を確保しています。」

「ホワイトファング隊は?」

「東から中央区にかけて、戦車隊と連携して敵を食い止めています。」

「……そうか。彼らだけが頼りだな。補給線を絶やすな。」

「はっ!」


クタンは黙って空を見上げた。灰色の空の下に、再び戦の影が伸びてくる。

「……市街を捨てるのは簡単だ。しかし、守らねばならん“心”まで捨てるなよ。」

その言葉を誰に向けたのか、参謀は聞き取れなかった。



――タロン中心部・廃ビル街。


崩れたビルの間を、エウロパ軍ACE群が静かに進む。

先頭のゴブリンが撃ち抜かれて倒れこむ。

「抵抗部隊を確認。……奴ら、まだ戦う気か。」

「狼付きのACEだ。あいつらにどれだけやられた?」

「各機、密集を解け。まとめて撃たれるぞ。」


廃ビルの中でレイがスナイパーライフルを構える。

正確無比な狙撃が次々と敵を沈めていった。

「……これで五機。そろそろ集中力が切れそうだ、キース。」

直後、インプがレイの機影を捉え、報告する。

「見つけた!」

砲撃が放たれ、ビルが一瞬にして火の粉に包まれる。

レイは辛うじて飛び降りるが、着地先には新手のゴブリンが待ち構えていた。

「くそっ、ここで終わりかよ……!」

その瞬間、後方から戦車砲がゴブリンを撃ち抜く。

「大丈夫か?アンタらが頼りなんだ。」

「助かった……が、もう限界だ。退くぞ!」

瓦礫が飛び交う中、レイ達は後方引き下がる。


瓦礫の谷間で、ゴブリン隊が戦車隊を追いかける。

だが、その背後をミリィの斬撃が駆け抜けた。

一閃、二閃――闇に紅の閃光が走る。

「囮でもいい、少しでも時間を稼ぐんだ。」

「ごめんなさい……こんな戦い方しかできないなんて……」

ミリィの声が通信に滲む。

ACE同士の交錯で、ビル街は地獄と化していた。


インプはビルの隙間を掻い潜り強行偵察をする。

「敵機影はまだ多数。しかし俺達こんな街を荒らして良いのか?」

迷いのあるインプはキースに下から撃ち捉えられ動きが止まると高射砲で落とされた。

「敵にも迷いがある…一旦引いてくれ!」

だが、キースの願いは叶わない。数にものを言わせたエウロパ軍は次々と別ルートで侵攻を進める。


「ミハエル!貴様サッサと参戦せんか!」

「お断りです。私はシェザール少将麾下です。そもそも市民が避難中であるのに強引な侵攻を決行すること自体…」

「敵に時間を与える事は許されん!この後はルーティア基地を落とすんだからな。その時はご活躍を約束してくれよ。」

「…基地攻略であるなら、従いましょう。」

思うように進軍が進まず苛立つバルディーニ少将とは対照的に、ミハエル少佐は苦い顔で問う。

「少将、この進軍……どこまでお考えなのです?」

「島内制圧だ。ACEの数で優位なうちに、島を我々のものにする。」

「領土的野心で侵攻を?」

「そうでなければ、これほどの大部隊を動かすか! もう状況は“侵略戦争”だ。」

ミハエルは絶句し、一旦席を外す。

「……エウロパの意志とは思えん。やはりこの戦争の裏には“影”がいる……」



――市庁舎通信室。


「クタン大佐、東部防衛線が限界です!」

「……そうか。」

地図の上に手を置いた大佐は、静かに目を閉じた。

「総員に伝えろ。市街放棄だ。部隊は第二線へ撤退。」

参謀が顔を上げる。

「しかし、避難がまだ完了しておりません!」

「承知している。……ホワイトファング隊に託すしかない。」


その頃、オセリス大佐の通信がホワイトファングに届いた。

『ホワイトファング隊は避難完了まで敵侵攻を阻止せよとの事だ。やれるか?』

「レイ、ミリィ、どうだ?」

「言うまでもないだろ」「もちろん!」

「了解!ホワイトファング隊はこのまま防衛戦を続行します!」

『……いいか、死ぬまで戦うなよ。お前たちは“希望”だ』

オセリスは通信を切り、リュウ中尉のモニターを見つめた。

「同調率が上がっているな」

「はい。まるで、彼らの“守る意思”がACEを動かしているようです」

「だが……想いだけでは戦は終わらん。辛い戦いだな」



――タロン市街地戦開始より12時間。


瓦礫と炎の中に、戦車とACEの残骸が折り重なっていた。

兵士たちの遺体が風にさらされ、街は沈黙する。

『ホワイトファング隊へ。避難は完了した。撤退せよ。』

「……了解した。ホワイトファング、全機撤退する。レイ、ミリィ、聞こえるな?」

「了解。これ以上は無理だ。こっちも弾が尽きる。」

「了解。撤退ルートは確保済み。……負傷者多数よ、キース。」

「全員連れて帰る。絶対に誰も置いていかない。」

炎上する街。

自分たちはこの光景を止めるために戦ってきたはずだった――。



――撤退行。


市街を離れるACE群の背後で、炎が天へと昇る。

タロンの空は、夜明けの赤と爆煙の赤に染まっていた。

無線の向こうで、市民の泣き声、兵の嗚咽、瓦礫の崩れる音が混じる。

それは戦場の“終わり”ではなく、“終わりの始まり”の音だった。


丘の上にたどり着いたホワイトファング隊は、振り返る。

かつて守ると誓った街が、燃えていた。

キースはヘルメットを脱ぎ、息を呑む。

「……守れなかった…」

レイは肩で息をしながら呟いた。

「戦術も戦略もない。結局、俺たちがどんなに頑張ってもこうなってたんだ。」

ミリィは唇を噛み、何も言えなかった。


クタン大佐の通信が入る。

『全軍、避難民を誘導後、バーミッカムへ移動。防衛線を立て直す。』

「……立て直せるかな。燃えた街の上に、もう一度“守る場所”を……」

「立て直すんだ。人が生きてる限り、それが“戦う意味”だ。」

オセリス大佐の声が、静かに響いた。

キースは拳を握り、ゆっくりと頷いた。

「……了解。必ず取り戻す…タロンを、俺たちの手で。」


燃える街を背に、ホワイトファング隊は夜明けの闇へと消えていった。

その背に、まだ燃え尽きぬ希望の灯だけが、微かに残っていた。

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