第21話「大軍の攻防戦」
――作戦前日、タロン渓谷周辺・エウロパ軍作戦本部。
薄明かりのテントの中、作戦図が大きなホログラムで浮かんでいる。バルディーニ少将が手を広げ、幾本もの線を指し示した。
「作戦は簡潔。正面突破だ。但し馬鹿正直に正面に全戦力を注ぐ事無く、南の林間路と北の崖路、両翼にも各二個中隊を送る。」
参謀たちが頷き、夜の計画は固まっていった。
「ミハエル、貴様は正面で存在を示せ。前回の戦いで名を知らしめたんだろ?」
ミハエルは傍らで地図を睨み、息を吐く。
「私の役目は正面で敵を呼び込むハーメルンの笛ですか。」
「正面に集中させたインプ部隊を暴れさせるには、渓谷に籠った敵を引きずり出す必要があるからな。」
自分の役割は正面の陽動――だが、彼の瞳にはどこか割り切れなさが残る。実戦でナイトメアを完成させ、仲間を守るための戦いだと自分を奮い立たせるしかない。
――同時刻、ホワイトファング隊の前線ブリーフィングルーム。
オセリス大佐が重く告げる。
「クタン大佐は敵将の猛将バルディーニが正面突破すると読んでいる。正面での完全阻止は難しい。ならば我々は側面撹乱と市街地退路確保を優先するとの事だ。」
キースは反発した。
「正面が薄ければ、突破される。市街に流れ込みます!」
オセリスは静かに首を振る。
「正面を厚くしても、戦力が分散するだけだ。バルディーニは正面を囮に使う可能性もある。ホワイトファングは林間部の守りを担当する。住民の避難路と補給線を死守せよ。」
不本意だが、大佐の判断は現実的だった。ホワイトファングは森林地帯の伏撃と敵小隊の迎撃に回されることとなる。
――作戦開始、黎明。
霧が薄くなり、渓谷の向こう側で青白いスラスター光が浮かんだ。中央には大軍団。北の崖上にも機影、南の林には大きな影も見える。
「エウロパ軍隊列を確認。」
「読み通り、中央突破だ。渓谷を出るな、そのまま迎撃だ。」
クタン大佐は満足げに頷いた。
「……一機単独で突撃してくるACEを確認! ミハエル・ファフナーです!」
「噂のエウロパのエースか。単騎突撃とは、バルディーニに見捨てられたか? 撃て!」
トーチカ砲が一斉に火を噴く。だがミハエルのプロト・ナイトメアは、弾幕の中を踊るように抜けていく。
「さて、そろそろ――食いついてくれるかな。」
「くっ……ACEだ! ACE部隊を出せ!」
クタンの叫びと同時に、二個小隊が出撃した。
「かかったな。……バルディーニ司令!」
「了解した。インプ隊、ゴブリン隊、出撃せよ。這い出てきた敵ACEを駆逐せよ!」
ーー同刻。南部森林地帯。
「来るぞ――」キースの声が低く張る。
ホワイトファングは森の縁に張り付くように展開する。枝葉が機体を隠し、斜面が視界を遮る。そこは格好の伏撃場だ。
最初に襲来したのは、南側からの小隊。
迷彩のように林を縫って侵入してきたゴブリン小隊を、レイの狙撃がいくつか仕留める。ミリィは泥濘を飛び越え、近接で敵を削ぐ。
だがそれは小競り合いに過ぎなかった。
無線から、正面ではミハエル少佐陽動に乗ってしまったACE部隊がインプ・ゴブリンによって駆逐される状況が流れてくる。
《くそ!ハエ野郎!全然当たらない!》
《バカ、相手にするな、正面の奴らを先ず叩くぞ!》
《奴らスリ―マンセルで挟み撃ちして来やがる!こんなんじゃ…!》ーーガーーーーーーーー
「正面は何をやってるんだ!大佐!今からでも正面へ救援を。」
「焦るな。まだこの周囲に敵が残っている。」
オセリスの言葉を裏付けるように、頭上からミサイルが降り注いだ。
「全機散開!」
「おいおい!ミサイルなんて聞いてないぞ!」
「これだけの大部隊。後方に支援部隊が居るんだわ」
「ミサイルは味方車両にとって致命的だ。先行して敵支援機を叩くぞ!」
「了解!」
キース達が強引進撃していくと、そこには自分達より一回り大きなACE”オーガ”が存在していた。
「我らを狙って強引に突破して来たか。だが、お前らでこのオーガが貫けるか?」
オーガは機動力こそ劣るが、厚い装甲でACEの弾は元よりも斬撃もびくともしなかった。
「何てカテー奴だ!」
「ソードの刃が…」
「敵はこんなACEまで持ってるのか!」
キース達がオーガに手を焼いている所に戦車隊が駆けつける。
「ホワイトファング隊!任せろ!戦車砲なら貫ける!」
「助かった! 俺たちが注意を引く、撃て!」
キース達がオーガの周りで牽制をかけ、そこへ戦車砲の貫通弾が文字通りオーガを貫いた!
「よっしゃあ!」
「私たちの連携勝ちね!」
「支援砲火の脅威は消えた。残敵を掃討する。大佐!正面の状況は?」
オーガ撃破に喜ぶ二人を他所に、隊長らしくなってきたキースは次の行動へ移りながら他の戦況も確認するようになっていた。
しかし、オセリスの返答は冷たかった。
「残念ながら、正面は突破されクタン大佐はタロン市まで撤退を決断したようだ…」
「ここで止めるって言ったのに…!」キースの声は震えた。彼の拳が掴むコックピットの操縦桿に、力が入る。
ホワイトファングの囮攻撃は局地戦では有効だったが、渓谷の中央道を走る敵ACE群を止めるには力不足だった。
――渓谷正面、壊滅的な瞬間。
爆煙と炎の中、バルディーニ少将は笑みを浮かべる。
「結局、力こそが戦を決める。正面突破が最も単純で、最も確実だ。」
彼の指揮下、オーガ隊が砲撃支援を行い、インプ隊がトーチカを破壊、ゴブリン隊が波状突撃。
圧倒的物量が渓谷を制圧していく。
「正面突破!全速前進!タロンへ!」
ホワイトファングの無線に、混乱の声が入る。市街地への退路を確保せよという指示だったが、すでに渓谷中央の橋は占拠され、敵車列が市街へと雪崩れ込む。
クタンの読みは当たっていたが、戦力…いや”性能差”が全てを物語っていた。
キースは森の中で立ち尽くす。目の前で小隊が撤退し、町へと迫る敵を止める手がない。レイの額には血がにじみ、ミリィは右腕を庇っている。
――戦線の崩落、そして撤退。
幾度かの局地反撃でホワイトファングは奮戦した。だが、旅団の圧倒的数と作戦の立体性は埋めがたかった。正面を突破された渓谷の風景は一変し、煙と炎が遠景を赤く染める。
「退け――市街の人員を最優先で!」
クタンの命令が響き、撤収が始まる。残存部隊を抱えながら、ホワイトファングは森の小径を伝って後方へ移動する。
市民を護るための通路を確保しつつ、彼らは負傷兵を残して去るわけにもいかない。苦い撤退だ。
渓谷の向こう、正面突破を成し遂げたバルディーニの旗列を見つめるミハエルは、胸の奥で、鈍い痛みが広がっていた。
「……これが、侵略の現実か。」
――夜、灰色の街の端。
タロンの屋根には黒い影が点在し、路地には避難した市民たちの気配が残る。勝利の号砲は鳴ったが、笑顔はどこにもない。瓦礫の間から子どものすすり泣きが聞こえる。
キースは狭い毛布の下で拳を握り締める。誰のために戦っているのか。戦術が正しかろうと、結果がこれであって良いのか。
「俺たちは、何を守りに来たんだ。」――その問いは重く、答えはまだ遠い。
タロンに肉薄したエウロパ軍は、その勢いのまま進撃を続ける構えを取っている。
ピースブリタニカ島の戦局は、決定的な転換点を迎えることになる。
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