第16話「開戦の日」


――エウロパ本国・首相官邸。

重厚な扉の向こうで、各国メディアがカメラを構えていた。

壇上に立つ男――エウロパ首相、ヨハン・クライン。

白髪を後ろに撫でつけ、冷徹な瞳で原稿を見下ろす。


「国民の皆さん。

 コロンゴ共和国による越境行為と攻撃は、我が国の主権を踏みにじる暴挙であります。

 我々はもはや沈黙することはできません。

 ――ここに、コロンゴ共和国への宣戦を布告します。」


一瞬の静寂のあと、会場がざわめきに包まれた。

記者たちのフラッシュが乱れ飛ぶ中、ヨハンは淡々と続ける。


「これは侵略ではありません。あくまで自衛であり、未来への防衛行動です。」


その言葉の裏で、政軍中枢の会議室では別の沈黙が支配していた。

「始めるからには徹底的にやらせてもらう」と息巻く将官たちの中、

リヒャルト・シェザール少将は画面越しに首相の演説を見つめ、低く呟く。


「……やはり、ここまで行くか。」


傍らの副官が息を呑む。

「閣下、このままでは全面戦争です。」

「分かっている。だが、もはや誰にも止められん。――“仕組まれていた”のだ。」



――コロンゴ共和国・首都バルモンド、国防会議室。


緊急招集された閣僚たちの声が飛び交っていた。


「宣戦布告だと!? 本気かエウロパは!」

「国境警備隊からの報告では、すでに南北の二方面に展開を開始しています!」

「くそっ、やられた……完全に先手を取られた!」


統合参謀本部議長、カーター・マクダレンは額を押さえた。

「全軍に通達。国境線防衛を最優先に。――稼働可能なACE部隊をすべてピースブリタニカ島へ送れ。」

「ホワイトファング隊は?」

「ノースブリッジだ。あそこを抑えられたら島内が食い尽くされるぞ。」



――バーミッカム前線基地、格納庫。


整備班の喧噪の中、ホワイトファング隊のメンバーが集まっていた。


「……戦争だと?」

キースが呆然と呟く。

通信士リュウが頷く。

「エウロパが正式に宣戦布告。すでにノースブリッジ、タロンの両方面で侵攻が始まっています。」


レイが舌打ちした。

「ヴァレン峠の調査どころじゃねぇな。」

「命令変更だ。」

オセリス大佐がゆっくりと部屋に入ってくる。

「我々はノースブリッジへ向かう。市街地防衛および友軍支援だ。」

「また最前線……!」とミリィが小さく息を吐く。


キースは拳を握り、短く答えた。

「了解。全機、出撃準備!」


「その前に――」

整備員が三機のACEの胸部に、白い牙を象った狼のマーキングを施していた。


「ホワイトファング。やっぱり特殊部隊にはシンボルマークが必要だろ!」

「オオカミか、いいな!」キースが嬉しそうに見上げる。

「チームで戦う私たちらしい。」ミリィが微笑む。

「名付け親がボンドのオッサンなのが玉に瑕だが……まぁ、悪くねぇな。」皮肉交じりにレイが笑う。


整備班の心意気に応えるように、キースは勢いよく声を張り上げた。

「よーし、ホワイトファング隊、出撃だ!!」



――ノースブリッジ前線。


雪原を切り裂くように爆炎が立ち上っていた。

エウロパ軍の〈ゴブリン〉ACE部隊が、圧倒的な機動力でコロンゴ軍陣地を蹂躙していく。


「ダメだ、戦車や装甲車でACEの相手なんて無理だ……!」

「一体に集中砲火だ!全部を相手するな!」

「無理です!!敵は跳躍してくるんですよ!!」

「ええい!ありったけぶつけて戦線を維――ガァッ!」

退避する歩兵たちが悲鳴を上げる。


その遠方、黒い機体〈ナイトメア〉が静かに戦況を見下ろしていた。

「……これがACEの“性能”か。これでは戦争ではない。一方的な虐殺だ!」

ミハエル・ファフナー少佐は、悲嘆とも怒りともつかぬ思いでその光景を見つめていた。


――そのとき、空から複数の光点が降下してきた。


「識別信号、――ホワイトファング隊です!」

管制塔の声に兵士たちが歓声を上げる。


「ファング1より司令部へ。これより防衛戦に参加する!」

キースの声が無線に響く。


次の瞬間、ACEが雪上に着地。

レイとミリィが左右に展開し、瞬時に包囲線を形成する。


「行くぞ、みんな!」

「おう!」


キースが突撃し、敵のゴブリンを足狙いで撃ち抜く。

倒れ込む敵をレイが止めの一撃で粉砕。

「待て待て待て!敵のACEなんて聞いてねぇぞ!!」

同様する敵陣を、ミリィがスライディングで回避しつつ一閃。

起き上がる彼女を狙った砲撃は、レイの援護射撃が打ち払う。


「混戦に持ち込むぞ!」

キースが敵の足元へ弾幕を張りながら突撃、隊長機に迫る。

「こいつ……止まらん!」

「一気に隊長機を叩くぞ!」

「了解!」


だが、隊長機目前で横合いから弾丸が飛来。

キースの機体が弾かれる。


「なっ……!」

振り向くと、雪煙の向こうに黒いACE――〈ナイトメア〉が立っていた。


「レバト少佐、状況が変わりました。ここは私が持ちます。一旦撤退を。」

「すまない、ファフナー少佐。」


敵ACE部隊が一斉に後退を始める。

「くそっ、何者だ!?」

キースが問うと同時に、黒いACEから外部通信が開かれた。


《我が名はミハエル・ファフナー!

 コロンゴの“狼ACE”部隊の諸君――しばしお相手願おう!》


雪煙が舞い上がる中、二つのACEが対峙する。

冷たい風が吹き抜け、戦場は再び沈黙した。


――両国のエースが、ついに相まみえる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る